そして松田聖子は竹内まりやとコラボした

e0027033_1593572.jpg僕が物心ついた頃に出会った最初の女性シンガーソングライターは荒井由実だった。
その数年後、彼女は松任谷由実になったのだけど、僕より年配の世代にとってユーミンと言えば荒井由実だった。
その数年後、竹内まりやが「不思議なピーチパイ」でデビューし、ユーミンに続くシンガーソングライター、そしてアーティストの誕生になっていった。

こう言えるのも僕がそんな世代だったからかも知れない。
ユーミンは僕等の世代だけでなく、Teen Agerが共感できる唄を発信し続けた。
一方、竹内まりやは若者ではなく、唄の焦点をover Teen Agerにした唄へと辿っていった。

どちらも僕が若かりし頃、歌謡曲としてのアイドル歌手へ多くの唄を提供してきたのだけど
丁度、僕を含む上の世代はユーミン派で、下の世代はマリア派だった。

どちらの女性も、家柄がいいのかユーミンは八王子の呉服屋の娘であり
竹内まりやも山陰津和野のご令嬢であり慶應義塾で東京の青春時代をおくった世代だった。
違いと言えば東京の生まれ育ちかどうかにかかわるけど、それ以上に大きいのは夫の存在だろう。
ユーミンは松任谷正隆、竹内まりやは山下達郎を伴侶にすることになる。

松任谷正隆はユーミンのデビューからの編曲担当でもありメジャーアーティストを基軸とした編曲家として活動していた。
一方、山下達郎は自身が希有なボーカリストであることから、自らの楽曲にこだわったオールマイティーのアーティストである。

良く言えば山下達郎と竹内まりやは時代に媚びなかったとも言える。
しかし時代を無視したわけではない。
竹内まりやはアイドル歌手の唄の作り手から、やがて火曜サスペンスドラマの主題歌で一世を風靡することになり、このドラマの視聴者はover teen agerが視聴者だったのだ。


90年代の後半には、PCの発達もありカリスマ的なアーティストは分散されていく。
誰もがユーミンや竹内まりやになれるようになったのである。
当時、OLのカリスマと言われた岡村孝子やユーミンの2代目と言われた古内東子などは全国区にはなれず、一部の音楽愛好者の趣味範囲にとどまった。
それでもライブでは武道館では手狭になる活況を呈していた。

いずれにせよ時代がミュージシャンを選別していく傾向は変わらないとともに、本物だけが受け継がれていく唄を残して進んでゆく。

ただ殆どの人が一番脳裏に焼き付いているのは、それぞれがteen ager前後だった頃のアーティストだと思う。
それは大脳生理学的な説明だけでなく、その当時に聞き込んだ唄の歌詞が脳裏を離れないから。
特に大学生は4年間の夏休みみたいなもので、音楽はその時間を埋めてくれる第1の芸術だから。

僕もそんなアーティストのひとりになりたかった。
僕が自身のジャンルをAdult Oriented POPSとしているのもそんな憧憬があるからね。
by jun_hara | 2011-12-10 01:43 | music


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