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一面の真理

一面の真理_e0027033_0415981.jpg人生では色々な人と関わりあうけど、人間って出会う人について自分なりのキャッチフレーズと言うかキーワードなど固定した言葉にして記憶に留めていかないと忘れてしまうことが多い。職場にしても趣味の付き合いにしても「今度こいうことがるから、あいつも誘おう」とか「今度の飲み会にはあいつの隣は嫌だな」とかいろいろだけど、その前提には無意識のうちに「あいつはこう言う奴だ」っていうのがあるからだ。でもそういう風にして決め付けてしか記憶できないと言うか関わることができないのってちょっと寂しいと思う時がある。

人間って言葉で記憶しないと出会いを記憶できないのかな...。

大体これまでの自分の人格を振り返っても多種多様な感情の浮き沈みでその時々によって他人から見たら全然違う人物評価になることは頻繁だという経験でいっぱいだ。まー僕が多重人格のAB型と言うのもあると思うけど。でも一時だけの印象で紋切り型的(ステロタイプ)に「あいつはこう言う奴だ。」って思われるのは誰でも嫌だと思う。特に年輪を重ねた人には解ると思うけど

少なくとも人間は10年単位でその時の人格を変容せざるをえない場面に出くわす。

と言うのが人生だと思う。だから僕も他人の事を今見ている印象だけで「あいつはこう言う奴だ。」と静的に決め付けないよう努力している。そういうふうにしようと思ったのは二十歳過ぎの頃からだけど、油断しているとついついそれが出来なくなってしまう。別にそんなことしなくても生きていけるのだけど僕は強迫観念のように「あっ!それは決め付けないで!」って心の声が叫ぶ。今のところこのことを僕なりに昇華できているのは

何時かきっと他者の人生に深く関わる仕事に出会えるかもしれない

という希望があるからだと思うんだけど。これって自分に何時までもピーターパンシンドロームと言うかモラトリアムを許してしまっているからかもね。でも最近はそれでもいいと思っている。
言葉を変えるとそれって

希望を持つものは常に若い

って思うから。少なくともこころだけはいまわのきわでも若くなくっちゃね。

今回の写真はキッチンとリビングの間に掛けているうさぎの暖簾です。この季節に一番似合いますね。
by jun_hara | 2006-09-06 21:34 | 独り言 | Comments(0)


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