カテゴリ:独り言( 288 )

一年間

早いもので大学院に入学して一年が過ぎる。
4月になれば一年前と同じく、我々が歓迎していただいたことを担当することになった。

今月は、東京から引き揚げてきてからも縁が続いているか、新たに縁があった人たちと毎週のように合っていた。
近況を聴いているだけで、時代の変化の速さか、歳のせいかはともかく、誰もが想定もしていない展開になっているようである。
そんな話を聴いたり、自分の事を振り返ってみると、不思議なもので、「時の力」は個人の意思とは関係ないところでバランスがとれているように思えてくる。
ある意味、七転八倒した結果が振り出しに戻り「下手な考え休むに似たり」で原点に戻ったりする。
これは、「考えるな」ということではなく、「真面目にやっていたことは、なるようになる」という解釈で。
つまり、物理的年齢を考慮すれば、加算法で展開するほうが不自然に思えてきて、そぎ落としていく過程として戻ってきたように思えるのである。

元々は自分でもそう思ったいたはずで、今はニューヨークへ行かれた先生へ送らせて頂いたメールの言葉が以下のようなものだった。

結局、万事休すだと思っていた事も、元々やろうとしていた研究に戻りつつある。
要するに、何を言われても、どんな評価が出ても、「やってやろうじゃないか」と思えてくるのである。

メール件名:「負の力」について
送信日:2016/05/08 (日)

挨拶文省略
 ケーパーの言う「Negative capability」は、日本語に訳すと、否定的な事柄に耐えられる能力である。
どのような人にとっても人生や社会は理不尽なものにまみれてるし、決して思い通りになることばかりではない。時には個人の力では何ともしようがないこともたくさん起き、そうした時にでも何とか生きていかねばならないのが人生である。このような受け入れがたい体験についてネガティブな関係を生き抜くことにより人間の底力となっていく。
 しかし、この能力は器質的に備わっているものではない。受け入れがたい体験をあるがままに受容するのは、一人では成し難く、ある一定の期間を通じて、その体験にまつわる感情などを追体験(または想起)する必要さえ出てくる。ここでの原体験と追体験の違いは、体験に関わるセラピスト(またはカウンセラー)など、「見捨てない他者」の存在の有無である。しかし、この存在は外科医のような治療をしてくれるわけではない。最後に自分を救うのは自分しかいない事に気づく道程までの他者存在を意味する。
 この意味においてセラピストとクライエントがネガティブな関係になっていることを話し合いの土台に乗せ、それがどのような意味を持つのかについて二人で考えていく作業が心理療法的に必要になってくる。この過程を経て、負の追体験がクライエントの行動や思考、生き方の軸となっていき、清濁併せ呑む人生を超えて行ける「Negative capability」として『段階的に』身について行くのである。
 よって、セラピストは外科治療的な一朝一夕に解決できるといった態度で関わることは戒めるべきで、山登りに例えれば、ある程度の地図は持っているものの、登るべき道はクライアントが選択し、自らはそれに同行者として、「クライアントが途中で挫折しないためだけの最低限の配慮」を持つといった態度が問われてくる。

引用・参考文献省略
by jun_hara | 2017-03-18 21:10 | 独り言

旅の効用

東京に住んでいる時、喧騒から脱出するために、週末多くの国内旅をし始めた。
最初は旅慣れていないことから、レンタカーを借りて、大掛かりな計画ばかりをしていたが、そのうち草津温泉という1泊で行くのにちょうどいい場所に固定化していった。
しかし、この観光地、山奥にあるため、食事の選択肢が非常に限られている。そこで出会ったのがオーナーシェフの経営するペンション・レザンだった。

草津温泉は日本で最初にペンションが開業したところである。皇室と関係の深い軽井沢と勘違いしやすいが、軽井沢の場合、ペンションではなく別荘地のメッカである。この二つの土地は車で30分の距離であるから、ほぼ同じ環境のように思えるが、軽井沢は浅間山の南に広がる地域で今や新幹線通勤さえ可能になっている。方や、草津は白根山の麓にある陸の孤島である。また、白根山は本州で一番早く紅葉が始まるのであるが、それもこの山自体の標高故である。

話を戻して、なぜペンションを定宿にしたのかは、料金と立地条件だった。草津温泉の日本旅館の宿泊料金は、関西の有馬温泉レベルであるから、決して安くはない。しかし、ペンションの場合、1泊2食で1万円を切るのが通例になっている。また、湯畑の喧騒から徒歩で10分離れたエリアがペンション村であり、静かな散策が可能になる。
それに僕個人の性分であるが、人とペースを合わせて旅をするのが苦痛なのである。
バブルの頃はバカみたいに、二人旅やスキーや音楽合宿を楽しんでいたので、生来の一人好きなわけではないが、一人旅に嵌ってからは、滞在先の歴史・文化・風土にできるだけ浸りたいため、旅の時間で会って話したいと思うのは、現地の人か、旅先で偶然出会った人であり、そこで交わされる言葉は明らかに新鮮味が違うことに気づいたのだった。

2年前までは10年以上、毎年紅葉シーズンの草津バス旅を続けていた。
2013年、JET-STARなどのLCCが成田空港を拠点に日本全国を飛び始めて、北海道から沖縄まで往復1万円以内で行けるようになった。当時の住居は成田へ向かう直行バス(東京シャトル)乗り場の日本橋まで徒歩30分だった。このバスは電車が最低でも片道2,000円以上はかかるところ、900円であるから、現地で使う交通費を除くと、往復ほぼ1万円で済む。宿はNetが完備されていれば、ほぼ不便がないところを予約。よって、夕食の店だけを奮発してカウンター席の予約だけを入れておく。夕食はカウンターで店の人や地元の常連さんと話をする。だから、ある程度地元のことを知っていないと話にならないのであるが、それは前もって調べていて一番面白いことだし、実際にどうなのかは現地の話を聴くまで質問するための仮説として持っておけばいい。これだけで初対面でもいろいろ話に花が咲くし、次の日に歩く場所の情報源にもなる。しかし、なにより現地のイントネーションに交じって話している会話そのものが、同じ国でありなが微妙に違うところに新鮮味があるのだ。

日常に追われていると、まるでこの世に存在する人間は同じコミュニティの人かメディアを経由して認知している人だけだと思いがちになる。しかし、非日常の環境に身を置いて、ちょっとばかりの近い距離で会話をするだけで、生活世界が広がる。
また、旅となると、どうしても経費のことを外せないが、最初はピンポイントで有名な観光地巡りから始めても、何回か同じ場所へ行ってみるだけで、新たな隠れ家的な居場所になる事がある。
世界情勢不安で海外旅行が難しいのであるが、かえってこれは国内旅行の魅力を再発見する機会である。

ここのところ地方を歩いていて思うのは、高齢化率と過疎化のスピードの速さであり、中国人観光客の増加率も顕著である。このままでは、10年後、地方都市は限界集落化するのは明らかで、若者が大都市圏にしか存在しなくなってしまうだろう。
もしかしたら、現地の言葉で触れ合う旅も今のうちだけなのかもしれない。
そうならないうちに、できるだけ多く、安くて美味くて深くて楽しい旅をしておきたいものだ。
↓旅の記録
http://junhara.net/Column.html
by jun_hara | 2016-08-31 15:29 | 独り言

課題発表を終えて



しんどかった。
ここのところ、空き時間は課題発表の森田療法の研究に没頭していた。

原案プロットに書き出しが終わったのは、2016/7/7の18時。

次のパワポの作成は一番熟慮の時間を要する。
つまり、システム開発における外部設計と内部設計にあたり、話す内容との連動が必要なのだ。

まず、スライドをレジュメとして印刷するのは最初からネタバレの漫談をやるみたいなものなので、選択肢から除外される。
しかし、持ち時間が15分や20分の場合、伝えられる情報量は限られているので
スライドにはふんだんに画像を盛り込むため、参考文献から何度もスキャンの連続が必要になる。
記憶心理学上、文字情報が一定の水準を越えた場合、聴き手はキャパオーバーになるのは当然である。
つまり、言語表現は、言葉と画像を駆使して意味記憶になるように配慮しなければ、情報伝達として無駄な時間になるのだ。
また、最初にノートを書く必要がないよう、授業終了後、発表内容のスライドpdfのダウンロードができることを伝えておく。
これによって、聞き手は安心してスライドと身振りだけに集中して聴講できるようになり、
話し手は聴衆の反応を確認しながら話せるわけである。
一番時間を要したのは恩師の似顔絵だった。
Facebookから写真を印刷し、輪郭をかたどって、デフォルメし、スキャンした後、ソフトで補正。
その後、印刷し、縁取りを濃くして、もう一度スキャンして完了。
過去に何度もやった作業だが、「こんな時間に何をやっているのか」と言う気持ちはぬぐえない。

以上の作業は、東京で何度もプレゼンをやった経験から来るもので、想像される結果は明らかだ。
要するに、聴衆がレジュメに目を落としてしまったら、発表者の負けというのが事実結果になるにすぎない。

レジュメ原本が完成して、ゼミ部屋に行き、印刷を終えたのが午前1時を回っていた。
帰ってきてから、パワポを使って15分で収まるようリハを繰り返したら午前3時を回っていた。
話す言葉が自分の言葉として咀嚼できていなければ伝わらないし、
伝わると思っている表現が伝わらなかった場合、表現の切り替えができない。
よって、リハは、時間通りにおさめる事が当然で、それ以上に、想像と実行の一致度(パワポとレジュメと話す内容)を高めていく作業であるため、一度で終わらないのである。
まあ、慣れてくれば、この作業は短縮されていくのは当たり前なのだが。

その後、風呂に入って就寝できたのは午前4時をとっくに過ぎている。
さいわい、次の日は1限目がないので9:30まで眠れるので、もうろうとはしなかった。
しかし、僕の最大の弱点である睡眠不足は、発表に影響を与えた。
いつもの「客を飲む30秒でのつかみ」ができないのである。
それでも事実を受け止めて、伝えたい事に集中を切り替える。
課題発表は、お笑いが目的ではなく手段なので、すぐに割り切れるからである。
それでも、発表内容に聴衆が興味を持って聴き入っているのに気づくと色気が出てくる。
生来のアドリブ話しがどうしてもやりたくなって、やってしまった。
しかし、当然、不発である。
一番嫌いな一部にウケる結果になってしまったが、まあ、後で笑い話にしておいた。

おそらく、今回の課題発表については担当教諭の評価が高いと思う。
特に日本の心理療法3つの発表については、ありがたいコメントをいただいた。
これは想定していた。
発表順が、ストマス(動作療法)、僕(森田療法)、ストマス(内観療法)であったから、「どうつなぐか」を考えての内容にしたからだ。
それだけではない。
発表当日まで、決して、前後の二人に接触しないよう意識していた。
学部生時代に、学んだことだが
グループ発表ならともかく、個人発表であるのなら、自力で発表全体を前もって考えることが身体に仕込まれているからである。
安易に打合せをしたならば、個性が打ち消されて妥協が生じ、切磋琢磨が生まれない。
ここは仲良し集団ではないので、発表後にねぎらいの言葉さえあればいい。
これは対バンのライブや落語会とまったく共通している。
結果として、ストマスは全力で準備をしてきたのは明白で、気持ちの良い発表結果だった。
この緊張感は今後の修論の発表の肥やしになるはずである。

僕個人の発表は、もちろん内容と構成に自信があったし、今できるすべてを出し切ったから後悔はない。
ただ、最大の弱点である睡眠管理に失敗したことを除いては。

終わった後で、初めて担当教諭から個人的にインフォーマルな会話をしていただいた。
素直にうれしかった。
すべてを見抜かれていることに気付いたからだった。
いや、聴いていたすべての人は、誰もが感じたことだろうと思う。

帰ってきてから発表内容を振り返り、大好きなドラマちりとてちんの台詞が浮かんできた。
これは今日発表した森田療法の人間観と重なるからだろう。

草若師匠の名言
「どうしようもない思いを抱きながら、
いやな自分、みにくい自分、まっすぐ見つめたり。
そらしんどい。そら苦しい。
けどな、その先に見えてくる何か、あるはずや。
そうやって、人の気持ちがだんだん分かるようになる。
優しい気持ちが持てるようになる。
自分とよう向き合ったら、次は相手と向き合わんとな。」
by jun_hara | 2016-07-09 01:02 | 独り言

信じること



京都大学出身のある教授が、退官を迎えた河合隼雄に「臨床家にとって、大切なことはなんですか。」と聴いた答えが「最後は、信じることやね。」だったそうである。
僕は高校時代の化学の先生のことを思い出した。普段、人間観については触れずに論じている授業を横に置いて、前日観た「砂の器」の映画解説を始めたのだった。この映画は、ハンセン氏病を物語の背景としたことで、人間の宿命や精神に関わる研究を続けている身としては永遠の課題のように思われる。普段、自然科学について冷静に論じている先生が、この時ばかりは涙しながら話していたことを昨日のことのように記憶しているのである。
この時の先生の様子について、後で茶化す男子がいて、そいつが普段僕といるやつだったため、仲の良かった女友達から「あんな、人の心もわからない〇〇君と一緒にいるなんて。」と言われたことがあった。それに対して言い返す言葉もなかったが、心の底では「その正義感による意見も、人の心をわかっていない言葉ではないだろうか」とぼんやり思っていた。今なら「それも一つの自我防衛」なんて一言で終わってしまうが、多くの人にとって、この「正論」や「正義」とやらが人間関係をこじらせる要因として重いのだろうと思う。

科学というものは、批判的精神を失うと存在理由が危うくなる。ここでいう科学とは、自然科学のことである。科学には自然科学だけではなく、人文科学、それに遅れてきた社会科学が存在する。
自然科学と人文科学の大きな違いは、前者が神の作った神羅万象についての原理・原則について探究を行うのに対し、後者は人間が作り出した創造物についての研究を行う。よって、自然科学の扱う対象に「信じる」という価値観は必要ない。神が作ったものであるならば、「信じる」以前に「受け入れる」しかないからである。かたや、人文科学は人間の価値観を主題とする。要するに小説や文学の内容が事実かどうかは二の次である。
この定義に基づけば「社会科学とは何か」については難しい。社会が作り出したもの自体の定義があいまいだからである。心理学はこの社会科学に重心を置いているのであるが、遅れてきた学問でもあることから、自然科学的手法(主に統計学)で探究を行う「行動主義的心理学」と、人文科学的手法(主に事例研究)を中心にする「心理臨床」というものが存在する。もちろん、「心理臨床」という概念は日本独自のものであることは織り込み済みで論じている。この「心理臨床」という実践に存在理由を置く臨床心理学に、河合の言う「信じること」の大切さが含まれている。つまり生身の人間を相手にする心理学からは「人間観や意味づけ」は排除できないのである。ただ、教育や哲学、それに宗教と違うところとしては、「道徳や正義」といった価値観が極力排除されていることではないだろうか。もちろん、人間観のない心理学などと言うものはない。少なくとも「個人の幸福」といった程度のしばりは、目標というか、存在理由のひとつとしてある。

このような論理展開になると、批判的精神という、権威に対して「疑うこと」から始まった自然科学に基づく心理学と、クライアントの魂とでも言うべきものを「信じること」によって成り立ってきた心理臨床は、相いれない概念ではないかという壁に突き当たる。しかし、これは二律背反するものではなく、多層構造をなしてクライアントに関わる大切な観点を示唆している。要するに「間主観的な認知による関係性の構築」と表現すればいいだろうか。
クライアントとの関係性で成り立つ心理学の実践現場では、「行動主義的心理学」による仮説生成能力と、「心理臨床」による信頼感の形成能力が不可欠であり、どちらも座学では体得できない経験値が必要であると思われる。
間口は「疑うこと」から始まるにしても、その延長線上に「最後は、信じること」があるといった価値観が必要なのではないのだろうか、と思うのである。
by jun_hara | 2016-06-30 21:43 | 独り言

カウンセラーの3条件

カウンセリングの父、カール・ロジャースが提唱したカウンセラーの3条件は有名である。
整理すれば
◆共感的理解
クライアントの話をあたかも自分のことのように受け止め、理解を示す。カウンセラーの枠組みではなくクライアントの枠組みで感情や考えを理解していくということ。あくまでも「あたかも」という性質を失わないことが重要である。
◆無条件の受容
クライアントのありのままをすべて受け入れると言うこと。すべて受け入れ肯定することでそこに何かが生まれると信じている。
◆自己一致(純粋性)
カウンセラーが自分を偽らず、自分自身に対して誠実なことであり、あるがままの自分を受容していることをいう。たとえば、自分がクライエントを嫌ったり恐れたりしているとき、それをごまかさないで、素直にそのことを認めて自らを許していることである。
となり、「言うは易く行うは難し」なのは周知である。

しかし、話はここで終わらない。
ロジャースはこの3条件を発表した翌年、新たに一つの条件を加えた。
要するに、カウンセラーがこれらの態度を身に着けていても、クライアントに伝わらなければ意味がないということである。
これはロジャース自身が真摯にこの3条件と向かい合っていたことを意味するだろう。

心理学者に限らず、実践の伴わない理論家にはこの柔軟性が希薄な場合が多い。
とりわけアカデミックに固執するあまり、難解な用語や理論で煙に巻こうとし、最後は自分の言い訳けで締めくくらないと終われない人たちも少なくない。これは今に始まったことではなく、古代ギリシャ時代から「論理のための論理」すなわち詭弁として忌み嫌われていたことである。

真理の追求に難解さが伴うことは事実であり、誰もがこれに憧れる。
しかし自分の言葉にできるかどうかにかまわず、難解な用語で語ることは慎むべきだろう。
本来理解できるはずの説明や伝達を放棄したならば、それは自己陶酔にすぎないからである。
本当にスマートな人は、語る人により説明の仕方をわきまえているのである。
しかし、他者の説明に同一化してしまっていないかに気づかないならば、無意味なモノマネになり滑稽であるだろう。
カウンセリングや心理療法はクライアントにだけでなく、あらゆる人にアカウンタビリティを負っている「実践」である。
そういった意味でロジャースの言う「傾聴」と言うのは「言うは易く行うは難し」なのであって、論理的に難しいわけではなく「真摯な気持ちがあるか」という点で「実践」が難しいのである。

要するに臨床心理学は「実践の学」であるところに存在理由があるため、現場で説明できる能力がない者は関わるべきではない。
はっきり言えば社会性のない者が正常とか異常とか言える立場ではないのは明らかであり、ましてや軽々しく「個性化」を口走ってはいけないのである。
昨今、効果研究ブームであるが、この点を忘れては間主観どころか、自分さえも客観的に判断しているとは言えないだろう。

臨床心理学の実践家を目指す場合、まずは構成概念を自らに当てはめるところから始まると思われる。
by jun_hara | 2016-05-18 21:28 | 独り言

ノンバーバール

今日は宿題になっている5分間即興カウンセリングのロール・プレイ逐語録を文字起こししたのだけど、これがまた難しい。
遂語録とは、会話を録音し、録音内容の「再生」「停止」を繰り返しながら、一字一句、発言の内容を変えずに、文章に書き取ることなんだけど...国会などの議会や法廷での論述に限れば、この定義はまったく疑いの余地はないよなあ。要するにどの議事録も速記者が居て文字起こしをするのだけれど、実際にはテープ録音からオペレーターが文字起こしをしており、速記録はその保証のために保管されるわけで、明文化されるこれ以上の意義はないだろうし。
※最近の国会の議事録は疑わしいところがあるけどね。

でも、心理カウンセリングとなると話は違うよなあ。
録音した会話のニュアンスが、文字表現だけでは限界を感じてしまう。
※それとも欧米の文化圏ではこれだけで充分な説明率があるのだろうか。

少なくとも、文字起こしだけでは、言葉とメロディーにこだわって作編曲してきた立場からすると、リズムや抑揚、それにセッションする相手との波長の同期がまったく表現できない。専門用語にするとノンバーバール・コミュニケーションの要素を充分に盛り込むのが難しいのだ。こんなこと言ったら、医者から聴覚過敏の疑いがあるように診断されるかもしれないけど、もしそうなら、プロの音楽家なんて99%がそうなってしまうじゃん。

ある意味、作詞家など言葉だけを生業にしている人へ尊敬の念が増したのだけれど...
心理学が科学を標榜するのなら、その応用である臨床現場では、テキストマイニングによる音声データベース開発が急がれるようにも思ったのだ。

手作業による逐語録は臨床家の訓練として絶対必要に変わりはないはず。でも、今の時代、従来の厳格な質的研究として事例研究法をやる場合、このままでは一事例だけで一生ものではないかと痛感する。ナラティブなど質的ブームらしいけど、もっと現場の意見集約法として音声データ解析など量的研究の向上が急がれるんじゃあないかなあ。
そうじゃないと、いつまでたっても日本の臨床心理学は医学のおまけのままじゃないかと思われてしまうじゃん。
by jun_hara | 2016-05-11 22:41 | 独り言

時が解決すること


過去に自分が何を書いていたのか反省するため、ブログを2年分読み返してみた。
感じたことを羅列すると
・これだけで人が判断したら、堅物に思われるだろうなあ
・同じことを何度も書き過ぎているなあ
・確かにそう考えていた時期もあったなあ
・けっこう正直に書いているけど、FBやメールとは違うなあ
などなど。
この1年に限っては受験のための筆記対策みたいに割り切っていたので
・この時期にそんな本と格闘していたなあ
・あれっ!今説明しようとすると忘れてるぞ
・よくこんだけ勉強したなあ
・全てを心理学で説明しようとしていない?
などなど。
まあ、全ての感想をここに書くはずもないのだが。

昔からコミュニケーションにおいてメディアの選別は意識してきたから
1.直接対話(1対1)
2.直接対話(1対多)
3.電話での対話
4.メールでのやり取り
5.Facebookでの書き込み(友達以外に非公開)
6.ブログ
の段階によって自己開示する相手、方法、内容は変えてきた。
また、マクルーハンが言うようにメディアはメッセージであると思ってきたので、
外界からの情報がどんなフィルタを介して送られ、自分の記憶と照合しているかを考えるくせもついてしまった。
これを自制している一言にすると「心理学=読心術ではない」になる。
また、薄々「こうじゃないか」と思っても、それは憶測なので深読みをしないことへの留意もする。
しかしそうはいっても、それが簡単に出来ないのが人間なのだから、自分にも他人にもそれを強要はしないといった態度が伴わないと寛容さを失う。

兎に角、なんでもかんでも答えを急がないことが大事に思っている。
「時が解決することはあるもんだ。」と最近つくずく思うようなったのだけど、これはきっと歳を取った要因が一番大きいのだろう。
その反面、残された時間も意識するから、「待つ」のが苦手になっているところもある。

もし恩師が雲の上から今の僕に言葉をかけるとするならば「そのまま大胆、かつ繊細に行動しいや」になるのだろうか。
願わくば、そう言われたら「勿論です」と答えられるような生き方を続けたいものだ。
by jun_hara | 2016-03-29 20:31 | 独り言

僕が臨床心理士指定大学院へ進むことにした理由


2014年の夏だった。
東京に住んでいる頃、たまたま本屋で見つけたのが最相葉月・著セラピストだった。
最相さんは僕と同い年で母校も同じ関西学院大学である。ただ、僕は社会学部だが最相さんは法学部なので、どうして臨床心理学に興味を持ったのかはわからない。
いや、その理由は本の中に書かれてあったっけ。
それは兎も角、この本を読めば、日本における臨床心理学のこれまでが物語として一望できる。正確には心理臨床だろうか。
その風景の中には、僕の母校である明石南高等学校の同窓会館までもが登場する。
実は、日本の臨床心理学の普及は近畿一円から始まったのだ。
僕の学生時代に臨床心理学を学ぶには、京大か九大くらいしかなかった。
それは1960年代の闘争で日本の臨床心理学が歴史の中から消えた時期があったからだった。※このあたりの詳しい経緯はこれからの臨床心理学にて。
再び、日本の臨床心理学が芽を出したのは、河合隼雄先生がスイスから帰国して京大で教鞭をとり、九大では成瀬圭吾先生が臨床動作法をもって、研究を始めた頃である。

関学は古くから文学部心理学科や社会学部社会心理学専攻はあったが、臨床心理学は未だに学科も存在しない。関関同立でも臨床心理士指定大学院でないのは関学だけであるが、これは関学が伝統的に学術心理学の歴史を背負ってきたからでもある。
そもそも一般に心理学と呼ぶ場合、正確には学術心理学と言って、原点が実験心理学になり、カウンセリングや心理療法などを含む学派ではないからだ。一番解りやすい例をあげれば、学術心理学では「無意識」という概念は取り扱わない。この概念は臨床心理学でもフロイトから始まる精神医学の精神分析学派でのみ用いられるだけである。これは「無意識」という概念が科学では実証しようがないからである。

僕は学生時代、社会心理学を専攻したのであるが、最初に課題図書になったのがコンプレックス性格チームワークの心理学だった。
僕の発表チームにはコンプレックスが割り当てられ、1か月間、フロイトからユングまで徹底的に研究することを義務付けられた。
そのせいですっかり臨床心理学に傾倒してしまい、3回生になってから専攻の社会心理学研究が始まっても、時間があれば本屋で臨床心理学関連の本を買いあさって読んでいた。
ここまでハマったのは、2回生の後半、不登校の中学3年生の家庭教師をやっていて、登校できない理由の解釈ができていなかったが、この本「コンプレックス」自体に腑に落ちるカラクリが書かれていたからだった。ここで説明するには難しすぎるので、是非読んで頂きたいし、臨床心理士になって、この本を読んでいない人はモグリと言われるくらいだから、書くのも野暮と言うものだろう。
また、他の課題図書の著者も全て心理カウンセラーや心理療法家であり、これらの本や恩師の本が原点となって、後に僕が世の中を見る際のフィルターになっていった。

4回生になって、就職活動期に行われた「自分が一番影響を受けた本」の発表も心理療法論考を選んだ。さすがにこの時期になっても、学術心理学ではなく臨床心理学から選んだので、あまりいい顔をされなかったことを憶えている。しかし、この時も「いつか臨床心理士資格が出来たなら、その時考えよう」と本気で思っていたのだ。※当時、資格名も存在していなかったが。
それから長い年月が経って、2007年に河合先生が他界された頃、僕は東京九段にある日本・精神技術研究所心理臨床学会の重鎮のH.M.先生に依頼して、初めて教育分析を半年間経験させて頂いた。この時は、ある事例のスーパービジョンも兼ねていたので、かなりの勉強をさせて頂いた。そしてその最後の日、「本気で今でも臨床心理士になりたいのなら挑戦した方がいい」と勧められたが、大学院での心理英語に対する覚悟がどうしてもできないことから、日常に追われて東京での生活が過ぎていった。

2014年は人生の分岐点となった。
セラピストを読み終えるのと同じ頃、職場の同僚が首つり自殺をしたのである。
詳細は書かないが、この時、組織で働いていくモチベーションが尽きてしまったのと同時に、臨床心理学の方向へと切り替えることに決めたのだ。当初は東京で予備校に通い、東京の大学院を考えていたが、父の3回忌前後に母が3週間の検査入院をしたことから、実家に戻ることとなった。その年いっぱいは技術職の仕事が残っていたので、年内いっぱいまで務めることとし、年末に最後のイベントライブをやった次の日に帰省した。

実際に受験勉強を開始できたのは2015年になってからである。そもそも技術職をやりながら他の勉強時間を確保するのは不可能だった。
本格的に学び始めてわかったのは、臨床心理学の世界が様変わりしていたことだった。臨床心理学だけではない。学術心理学においても認知心理学や認知神経科学の台頭により、聞いたこともない心理学者の人名や概念が登場し、僕が学部生時代に憶えた精神分析学派はすっかり主役から遠ざかっていた。かわりに認知行動療法(CBT)が精神医学を巻き込んで、精神療法の中心になっているのである。また、東大をはじめとする首都圏と京大を中心に置く関西圏では幾分事情が異なっていた。前者がCBTを中心としたEBMであるのに対し、後者は事例研究法を中心としたNBMである。それに加えて、心理職の国家資格化法案が9月に国会を通過し、決定的に臨床心理士資格は国家資格にならず、新たに公認心理師が国家資格になった。※移行措置等の話はまたの機会に記す。
9月受験間近の6月の話であるが、いったいいつから何が変わり始めたのかを知らなくては、受験自体が無駄になりかねないので、本を買いあさったり、ネットで調べ上げ年表を作って俯瞰してみたら、その大きな変化の始まりが2007年であることがわかった。前述の河合先生他界直後からである。今でもその大変動の途中なので、詳しくは書けないが、教育界に属する臨床心理学と医学界に属する精神医学が離合集散しつつあることだけは理解できた。

結局、9月の受験は準備不足で不合格になったが、おかげで受験校の選定を切り替え、11月受験で第1志望の兵庫教育大学大学院に無事合格することができた。しかし、本当に大切なのはこれからである。受験前までは、大学院にさえ入学してしまえばと思っていたが、今は決してそんなことを思えるわけがない。学部生の頃を考えても同じことを言えるが、勉強にしても研究にしても、入ってから何を学び続けるのかを具体的に目標として持ち続けていなければ何の意味もない。これから行うのは実践に役立つための研究と実習である。
学部生時代に学んだ社会心理学による心理学研究法は、ICTも絡めて今でも大切な僕の技能になっている。また、これまでの人生で何度か関わった事例や経験を肥やしにしないと、今までやってきたことの意味がない。少なくとも教育大学大学院を選んだからには教育に関わる分野は外せない。現状の社会の歪みに対して働きかけていく場合、結局は教育に立ち返ってしまうからである。
とにもかくにも臨床心理学は時代時代の社会的弱者をきめ細かく擁護してきた学問である。この原点から離れての具体的な目標はない。
いったい何時になったら、未だ誰にも言葉にしていない到達点に至るかはわからないが、決めた道に後悔のないよう毎日を積み重ねていきたいものだ。
by jun_hara | 2016-02-23 23:56 | 独り言

二つの記事から

ここのところ気になっている記事は下記のふたつである。
一つ目は豊かな「個性」としての発達障害〜多かれ少なかれ誰もがもっているであり、
二つ目はオックスフォード大学が認定 あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」702業種を徹底調査してわかったであるが、
これらに何の関係があるか、直感的に気づく人はどれくらいいるだろうか。
結論から書けば「今後の教育システムをどう変革すればよいのか」になる。

以前、個性化と社会化について書いたが、現在の日本の学校教育は社会化に重点が置かれている。
また、「出来る子=知能の高い子」の図式でとらえられることが多いが、知能とは、ことほど左様に単純なものではない。
近代心理学の最大の発明として知能検査があげあられるが、逆説的に「知能」という構成概念ほど一律に定義されていないものもないのだ。

また、近代学校教育においては大学受験というものが最後の関門となるが、ここで問われるものは圧倒的に詰め込み教育の残骸が多いのも事実である。
これは、論理的思考を行う場合、多くの概念を有機的に結び付けるという観点からすれば、一概に批判されるべきことではない。
しかし、この数年間におけるInformation and communications technology (以下、ICT)の発展と普及からすれば、従来の記憶力に頼った知能の評価は難しくなっているのではないだろうか。
その代表的なものがマネー資本主義の限界とも言える投機筋による株価の乱高下であろう。
今や、株の売り買いは人の即時の意思決定ではなく、ICTを通じてプログラムが行っているのである。

基礎心理学では記憶の仕組みを2種類の3過程で説明する。
一つは、記名→保持→想起であり、もう一つは、符号化→貯蔵→検索である。
この表現の最大の違いは前者がヒトとしての記憶を前提としており、後者が認知機能を持つ個体であることを前提にしている。
要するに後者は人間と情報処理機器を同じ概念でとらえる認知科学の見方と言う事も出来る。
一見、ヒューマニティに欠ける解釈ではあるが、ICTの現状を考え、今後、人間の記憶に関する能力を評価する場合、後者の方が妥当である場面が否応なしに出てくる。
例えば、人間が意思決定をする場合、デバイスを使わずに行う事は殆どなく、我々がGoogleなどを使いこなすように、その過程にはどうしても「デバイスによる検索」といったものが介在する。
つまり検索キーワードの記憶は必須であるが、従来の、記名(符号化)→保持(貯蔵)といった過程は、絶対ではなくなってくる。
また人工知能における深層学習技術の発展により、機械自体がビッグデータを利用して試行錯誤し、人間の精度を越える意思決定を行う場面が急速に登場しようとしており、そのインパクトの一番大きいものとして、無人カーがあげられるだろう。

先の記事で興味深いもう1点として、生き残る職業の中に「小学校の教諭」はあるが、「高等教育の教諭」が含まれていないことだ。
要するに、ピアジェの言う形式的操作期の段階から始まる教養としての教育ならば、十パひとからげに教室に詰め込んで教える必要はないのであろう。
実際にeラーニングは普及しだしているし、ICT遠隔教育も本格的な実験段階に入っている。無理に教室に押し込めて、いじめや不登校を問題にするくらいなら、学校を含むコミュニティの方が個人に対して柔軟に対応していかなければ難しい時代がきているとも思われる。

こんな話を書けば、必ず「社会性が育たなくなる」といった意見が出てきそうだが、それなら今後生き残っていく上で必要な社会性とは何かを明確に示せる人はどれくらいいるだろうか。
極端な話、情報の加速化が止まらないとしても、子どもの発達に準じたモチベーションの維持において、「どうしてそんなことをしなくちゃならないの?」に大人が答えて、子どもが腑に落ちれば、内発的動機づけは高まり、他者との関わりの重要性に気づくものである。
むしろ、このような子どもの疑問に答えられないようでは社会性の重要性を教授できないだろう。
ここにおいても、今後必要となってくる、従来の社会性との違いは何かを考える必要がある。
要するに組織や地理的条件に縛られない今後のコミュニティのあり方を問い直すべきなのである。

基本的に人間は「ところ変われば品変わる」もので、西欧においては言語的コミュニケーションによって、その違いを確認する文化が成り立っている。
一方、日本においては以心伝心とか、腹芸とか、暗黙の了解があちらこちらに張り巡らされている土壌をもった民族であるため、とりわけ個性よりも社会性に偏重しやすいと思われる。
しかし、グローバル化を持ち出さなくとも、例えば、若者のLINEによる文字コミュニケーションをとらえても、言語化というものが不可欠になってくるに違いない。
ただ、ここで重要な「暗黙の了解」といった問題が残されている。
以下はその研究の土台にしようとしている自らの覚書である。

■ 非正規雇用者のモチベーションに影響する要因について
システムが整っていて役割が明文化されている職場だと非正規雇用者は比較的居心地がよい。
ところが、あちこちに暗黙のルールが仕込まれている職場は途端に居心地が悪くなる。
これは終身雇用の弊害が残っている会社であれば全ての非正規雇用者に当てはまる。
情報処理業界であれば、
・開発の標準化ができていない。
・体系だったシステムアーキテクチャーの知識共有の教育をしていない。
・質的技能を無視した量的経験だけで「うちのやり方」が通用し、
 全体のモチベーション低下より一部の個人の保身の重要度が強くなる。
こういった職場の場合、業務設計や交渉も杜撰で、そのしわ寄せが不効率な残業と言う形で現れる。また、社員の勤怠管理で「残業する社員=がんばる社員」と言う世界的な非常識が顔を出す。
これは、公的機関や大企業よりも中小企業が陥りやすい傾向にある。
もともと権威があったため統治不要だったが、雇用の流動化などで権威が急速に失墜したため、代わりに暗黙の了解による権力構造が台頭している訳である。
もしこの仮説が実証できた上で、社会政策のテーブルに乗せることができれば、恐らくこの国における高度専門職の移民受け入れは、欧米ほどに進み、後世に負の遺産を残すこともないと思うのだが、いかがだろうか。
by jun_hara | 2016-02-21 01:50 | 独り言

個性化と社会化


自身でも長いこと音楽活動をやってきて、羊子ちゃんのようなミュージシャンを見続けてきたら、アーティストに個性化というのもが不可欠であることを実感できる。

心理学では個性化はよく社会化との対立概念で用いられる。
現在、発達過程において臨床心理学や精神医学の現場で問題視されるのは社会化の欠如であり個性化はスルーされる事が多い。
これは一人の人間という存在が家族を最小単位とし、広くは地球規模に至るまでコミュニティの中で初めて成り立つものになっているからである。つまり、社会に適応することこそが正常と解釈されてきた所以である。とりわけ日本においては、戦後高度成長期に規格大量生産を成功モデルとしてきた時代精神が人間においても当てはめられ、偏差値教育をあげるまでもなく、平均値から外れない事が異常とみなされない大前提になってきた。
しかし、近年の社会病理を考察する場合、この「社会化」並びに「適応」という概念自体の普遍性が疑わしくなってきているのではないだろうか。
昨年まで東京で四半世紀暮らして来て、これを痛切に感じたのは2011年の東日本大震災以降である。株価だけを見ると一見この5年でリーマンショックから経済が回復しているように見られるが、実体経済は格差が広がり正規非正規雇用の比率はこの25年で倍増している。それに伴う可処分所得の減少と社会保障費の圧迫などで、将来不安を抱かない方が常識はずれになってしまった。また、東京の通勤ラッシュの時間帯では、毎日どこかの駅で人身事故があり、電車遅延が日常茶飯事になっており、報道にも乗らない異常が日常になっている。この現象と自殺率との因果関係を裏付けるデータは未だ存在しないが、会社勤めの立場だった時を考えると、明らかにこの時間帯が一番「死んでしまいたい」と思う時だというのは合点がいく。実際に1年半前のプロジェクト現場で発生した同僚の自殺も早朝だったが、会社という組織においては、これに対処できる柔軟性など失っており、外部機関においても現実的な予防対策をとれるようなシステムがない。

社会というものは個人を生存させるために意義がある概念であり、それ自体に「余裕」、即ち、車のハンドルで言うところの「遊び」がなくては、容易に個人を殺す存在に転換してしまう。要するに個人よりも社会のほうが病んでいる訳で、適応すべきなのは個人ではなく社会のほうである時代に到達してしまったと思われる場面が多々ある。
ここにおいて臨床心理学や精神医学に求められることは、これまでの「社会化」並びに「適応」に対する解釈の転換ではないだろうか。
例えば、発達障害愛着障害といった診断分類はそれまで解明できない症例に対し細分化ができるようになり、少なくとも親の養育態度などが単一原因ではないレベルまで説明できるようになったことは画期的である。しかし、ここにもdisorder(障害)という表現がDSMに残されているし、日本の特別支援教育においては都道府県などが行う行政機関として適応指導教室という表現が残されている。つまり厳然として「社会に適応すべきなのは個人である」が常識のまま残り続けている訳である。

右脳と左脳の相補性に対する解明はとてつもない速さで進んでいる。例えば、交通事故などで言語機能が損傷された部位(左脳)に対する補償部位(右脳)機能の存在が検証できるようになってきた。しかし、脳科学で解明されているものの上位概念として心の理論などがあげられるが、これら社会生活に必要と言われている発達水準の概念に対して明確に説明できている訳ではない。もし、これらの概念を説明できる科学技術があるとすればMRIなどの脳の診断画像だけでは不十分で、シュミレーション技術との相関関係を分析していかなければ知見の積み重ねにはならないだろう。ここに心理学研究法を投入する意義が残されている。

今後の日本を支える産業を考えてみると、情報処理産業の具体的派生及び応用産業として、農業や文化コンテンツ産業などがあげられるが、それぞれの場において求められる人間の能力は想像力や創造力であり、その源泉は個性である。ここに「みんなと一緒」の能力はむしろ邪魔となってくる場合さえある。勿論、秩序の維持を形成することは重要であるが、既存の概念や社会システムの転換期においては、これまでの常識を覆す理論の構築や実践活動が不可欠なはずである。
知性と科学を基盤にする現在において論理の飛躍は許されないが、常識を疑う事から始めなければ現状打開の原点にはならないことは明らかであり、その芽を摘むことのない社会教育や心理教育が求められている時代になっていると痛切に感じる年の瀬である。
by jun_hara | 2015-12-29 18:37 | 独り言