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フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

心理学の勉強をしていて使ってみたのだけどこのウィキペディアはかなり使える。
前々から名前は聞いていたのだけれど殆どのことはGoogleとYAHOOで調べるくせがあったのであまり利用していなかった。しかしニュースネタから本来の百科事典以上の的確な解説内容は「えっ!こんなこともわかるのか!しかもタダで。」と言うのが第一印象になる。例えば社会心理学とか認知的不協和とか見事な内容だった。ただリンクを貼ろうとすると漢字コードに文字化けが起こって上手くいかない用語もある。前述の太字の言葉がそうだった。それはともかくこの仕組みは従来の事典作成の概念を破って市井の人達からのボランティア的な動機をもとに知識集約を実現しているので、まさにWeb2.0の代表例としては一番理解し易いものじゃないだろうか。
是非お気に入りに登録しておきたいお勧めサイトだと思う。
by jun_hara | 2006-09-30 14:52 | 独り言

秋の気配

e0027033_3444466.jpg予想に反して気持ちのよい終わり方だった。これで暫くは自己嫌悪し続けた状態から開放される。でも無駄ではなかった。今回のプロジェクトは本当に収穫の多い仕事内容だったから。これは絶対次の仕事の肥やしになる。確信をもってそう思う。そう思うと苦しかった分だけこの期間に感謝ができる。何はともあれまた新しい挑戦が始まる。でも暫くはゆっくりしよう。

旅に出よう。テントとシュラフはないけど。この際だから久しぶりに車に乗って紅葉前線めがけて出発するのだ。今の僕に一番必要なものは英気を養うことだろう。情報をくださった皆さんありがとうございました。

何はともあれ久しぶりの由井さんとのライブも2ヶ月半のブランクを埋める事ができた演奏でお客さんにもスタッフにも評判が良かった。由井さんとのライブはこの秋立て続けにあるけど、現状維持ではなく絶えず仕掛け花火は変えていきたい。

兎に角、月曜から暫くは東京を離れよう。恐らく人酔いしているんだろうな。

DVDでかもめ食堂を観た。
アマゾンのカスタマーレビューで全員が本編に5つ星を与えている通り久々のヒットだった。ここのところ観た映画は「金返せ!」って言いたくなるようなものばかりだったのでここでは書かなかったけど、この映画はいい!なんだかヘルシンキに行っておにぎりが食べたくなった。ここ最近時間に縛られてきたけれど、それを解放してくれるゆるりとした展開は素敵だった。この映画の展開は女性の感覚を持った監督にしか出来なかった映画だと思う。実際女性が監督した映画だし、納得した!

今回の写真はコタンのギター弾き語り時のステージです。本来ならコタンのBBSから写真を拝借しようと思ったのだけれど、未だ更新されていなかったので借り物の写真です。
by jun_hara | 2006-09-30 04:00 | music

ストレス太り

e0027033_22101956.jpgいろんなことで自分にプレッシャーをかけすぎたせいかちょっと太ったみたい。昨日書いた東京脱出計画も予定表を見たら週末は全てダメ。こうなったら平日に行くしかないのだ。軽井沢へは諸々のことがあるので10月下旬に行くから置いといて。何を見たら一番ストレス解消になるんだろう。20代の頃は水平線が観たくなって小田原に小田急ロマンスカーで行ったことがあったなー。今でもあの感性は残っているのだろうか。確かに先日帰省した時も海風にあたりながら散歩していると心地よかった。でも今は圧倒的に脳の海馬をよぎり続けることが多すぎる。スイスへ行くのも週末が絡むとダメなので難しいし...。こうなったらウクレレ抱えて沖縄にでも行ってみようか。それとも本場とんこつラーメンだけを食いに博多に行こうか。でもそれで本当に発散できるのか?
何かいい案がある方メールしてくだされ。本当に神経クタクタ状態なのだ。
あっ!そうだった。それはまず予約しておいたカウンセリングの時に吐き出してみよう。←なんかニューヨーカーのような発言...。

うっ!明日ライブサポートだった。今から由井さんの新曲にうなされなければ。

今回の写真は8年前に関西でドライブした時のデジカメ映像です。一切加工なしでこんな写真が写ってました。今の心象風景に凄く近いので載せてみました。この時は神がかっていたのかも。
by jun_hara | 2006-09-28 22:22 | 独り言

アヒルのゆくえ

e0027033_23445534.jpgなんか自分のことながらいろんなことがありすぎて頭の中がぐちゃぐちゃ。ちょっと暫くの間現実を離れたいのでぶらりと東京を脱出したい気分。うーん。よしっ!この週末脱出しよう!

朝日新聞のWeb記事にこんなのがあった。凄く共感できる。僕もひとりの時間の大切さを感じていたからかわりばえのしない毎日のような歌詞が書けたし。

何はともあれ北海道日ハム1位バンザ~イ!

22歳の時に作った唄ですが今はこんな心境

明日僕らはここにはいない(We won't be here any more tomorrow)

幾つもの道を歩きながら かけがえのない人を探した
幾つもの街を歩きながら 独りであることを知った

忘れたいこと
忘れられないこと
僕の中で今それが流されて行く

朝の光が街を醒まして 静かな時をざわめきのなかへ
昨日の夢はもう終わったよ 見えない未来がすぐそこに

幾つもの涙を流しながら かけがえのない愛をなくした
幾つもの言葉を交わしながら 二人になることを知った

語りたいこと
語りきれないこと
僕の中で今それがひとつになる

夜が二人を包んで行くよ 限りのない愛を誓って
木々の中から鳥は飛び立ち 次の朝へと導いて行く

We won't be here any more
Maybe our future lies elsewhere
You must have known this all from the beginning.
Perhaps even before you met me
If you love me forever
I promise we'll be happy together
Keep holding my hand
Till getting out of the dark



今更ながら20代最後の時の事をテーマにした新曲「遠距離恋愛」ができました。
次回ライブでやってみます。

今回の写真は8年前に松本城の堀にいたアヒル?の写真です。
by jun_hara | 2006-09-27 23:29 | 独り言

新生『四谷天窓』

e0027033_714329.jpg先日20日、高田馬場へ引っ越した新しい四谷天窓に出演した。
場所は駅から西にのびる小さな商店街を抜けて神田川が見える路地裏のビル。1階が工事中で入口が判りにくかったがHPで紹介されているビルであることは一目でわかる。天窓はこのビルの3階。四谷の後藤ビルにあった事務所とcomfortもこのビルの中にある。楽屋は前の2倍以上あり出入り口は以前と異なり客席を経由する必要もなく出演者にとってはありがたい構造になっている。ホール自体は四谷時代の雰囲気を出来るだけ残した内装になっていて、看板や舞台そして石造りの壁などそのまま以前のものが流用されている。出来立てでもあるせいか店内は新築の木の臭いが残っていてコタンしか知らない人にとっての第一声は「綺麗~」であった。リハを終了した後5階のcomfortを覗きに行って見たが、こちらも以前に比べて客席と舞台が広くなっていた。舞台に置かれたG.Pianoも健在で少しさわらせてもらったが、以前と変わらずタッチの深い鍵盤とホールに響く音が心地よいままだった。その後4階に新設された新店舗「よっちゃん」も覗いてみたが、こちらは10時頃開店ということもあってスタッフが作業中。一通り見学した後3階へと戻ってこの日のMIXER担当であるスタッフの橋田さんと雑談をしていた。橋田さんはもう四谷に行くきっかけがなくなったことを少し残念がっていた。Pちゃんが戻ってきて次回のコタン出演の話しをした時に初めてわかったことだけど、橋田さんの奥さんがコタンの出演者だとのこと。世間は狭いのだ。「この新しい天窓も原さんや出演者の人達が音を刻んでもらって味を出していければ...」という言葉には橋田さんの仕事に対する愛情がひしひしと伝わってきて嬉しい気持ちになる。ライブではバックで支えてくれるスタッフの心意気がわかれば演奏する方も「やってやろうじゃないか!」という気持ちになるもの。しかし初の新生天窓でのステージは僕もPちゃんも場馴れしていないせいかリハのようにはいかず結構間違っていた。でも聴き手にはわからない程度。Pianoでの演奏時にマイクが倒れるハプニングもあったけど、こういうことには動じないというか「いいネタができた。」と思ってしまう自分がいることもわかり、初めてライブハウス(コタン)の舞台に立った時の緊張感などまったくなくなっていた。場数ってこういうことだと思った。終了後は2階の事務所で次回のブッキング(次回はcomfortです)をすませて、打ち上げのために商店街の中へと消えていった。四谷の天窓も良かったけど高田馬場も悪くはない。どちらも学生街の顔とオフィス街の顔を持ちつつも穏やかで懐かしい雰囲気が残っている街並み。10月は2回この場所でライブをすることになった。新しい思い出作りができる場所がまたひとつできたのだ。

セットリスト
1.かわりばえのしない毎日 with a A.Guitar( and on E.Bass by P-TARO)
2.隠れ家 with a A.Guitar( and on E.Bass by P-TARO)
3.雨の街を(荒井由実カバー) with a A.Piano( and on E.Bass by P-TARO)
4.生まれた街で with a A.Piano( and on E.Bass by P-TARO)
5.女友達 with a A.Piano( and on E.Bass by P-TARO)
by jun_hara | 2006-09-23 07:25 | music

男たちの大和

e0027033_4544246.jpg今日(正確には昨日)昨年末に映画でも観た男たちの大和をDVDで観た。
やっぱり涙が止まらなかった。戦後60年後にして好く出来た映画だと思う。
ただその悲劇に至る歴史的背景については一編の映画では説明しきれないだろう。いや、それについては学校教育で早くから教えるべきだ。東西冷戦下であった僕らが小学生の頃なら兎も角、今ならイディオロギーの影響も少ないはずだから出来なくはないだろう。しかし現在でも御上からの命で説明もなく君が代とか日の丸掲揚とかを強要する本末転倒なことがまかり通っているので難しいのだろうか。
僕は君が代とか日の丸が嫌いなわけではない。むしろオリンピックなどで聴く限り君が代のメロディーは斬新であり、かつユニークなので名曲だと思っている(音楽理論的に言えば、「終止がトニックコードの内音で終わっていないため、千代に八千代に...の歌詞と通ずるものがあって見事」だ)。歌詞についても「君=天皇」と言う解釈でないとしたら充分流麗な日本語だとも思う。日の丸にしても最近では見かけなくなったが祝日に近所の家々が掲げている風景は子供ながら美しい旗だと思っていた。ただ、この二つが戦前の軍国主義の象徴であったことから拒絶感をいだく人がいることには充分納得できる。そして歌の意味や国旗の成り立ちも充分に説明せず法制化したことには全く納得がいっていない。
今更ながらだけれど、民主主義はただの数の論理ではない。説明と議論と手続きが充分になされた上での数の論理のはずだ。今一度この国は国民に向けても海外に向けても充分な説明責任を果たすべきだと思う。

僕は学生時代から唯一日本史だけが苦痛なく憶えられたのだけれど、戦中戦後については無知だった。ここ2年くらいで色々研究というか本を読んだり映画を観たりしてきたのだけれど、解れば解るほど現在とのつながりと言うか歴史の必然性についてステロタイプ的には総括できなくなってくる。

どうしてあんな悲惨な戦争を始めてしまったのか。始めざるをえなかったのか。
それについてはおぼろげながら解ってきたので一度自分でも文章にして整理したいと思っている。それは敗戦後のGHQとアメリカ政府の関係、それに朝鮮戦争、ベトナム戦争、そしてその国際情勢と日本との係わり合いについても含めて。今生きている僕等の時代とつなげる意味をこめて。そして誰が読んでも解り易く咀嚼できる形で。

少なくとも美辞麗句としての「美しい日本」なんていらないから、護憲であろうが改憲であろうが結果としては平和憲法であり続けることを切に願っている。現在の憲法ができた経緯は兎も角、政治家の武士道的な名誉のために変な愛国心を煽って戦前の国際関係に戻るようなきっかけになってしまうとしたら恐ろしすぎるから。
by jun_hara | 2006-09-16 03:42 | 独り言

スイスの荒川家

先日久しぶりにスイスの荒川家のHPにカキコした。
前回スイスにお邪魔して僕のHPのcolumnsでも書いたスイス紀行から2年が過ぎた。
あれから荒川家ではスイス永住として一戸建ての新居を完成させたのだ。僕が行った時はマンションの3階だった。それでもベランダから望む事の出来るリヒテンシュタイン方面の山並みや東京では億ションでしか観られないだろうと思う間取りには羨ましく思ったほどだった。
しかし二人の男の子も大きくなり手狭になった事もあって一戸建てを持つことになったのだ。
新築するのにおいて荒川さん(ご主人)の望みは地下室にAudio Livinng Roomを作ることだけと聞いていた。なのでそれ以外については一日の大半を自宅で過ごすKeiちゃん(奥さん)にとってはいっぱい実現したい間取りがあったのだと思う。それが叶ったかどうかの詳細はわからないけれど、満足している反面結構大変な事もあるみたい。
10回以上引越しをしてきた僕も住まいを変わる度の一番の問題は『何を処分するべきか』なのだけど、それは荒川家でも同じらしい。
「新居の住み心地はどうですか?」と言う僕のカキコの返信に対して

>年末まで要らないものをどんどん捨ててないと、1人で考えながら少し焦ってます。旦那は戦後生活の体験者だったからか、なんても取っておく性格です。困った!まず旦那を説得する事からはじまらないといけないわ。

とのこと。
えっ!ちょっと待てよ。戦後生活の体験者って荒川さんは僕より2年歳上だけのはず。だとするとこの戦後って第二次世界大戦(日本では太平洋戦争)のこと?まさか朝鮮戦争やベトナム戦争ではないと思うし。僕等の世代は確かに子供の頃贅沢はできなかったけど、団塊の世代からは15年程後の世代になるので戦後の貧しい世代と言う意識はない。むしろ今と比べても奇跡的な高度成長期の真っ只中だったので未来は希望に満ち溢れていたはず。でも振り返ってみるとそれは拝金主義ではないけど、物質文明に疑うことなく望んでいた『もったいない』精神の対極にあるものだったのかな。いやいやそうれは違うだろ。世代で言うとKeiちゃんもかわらない。だとするとそれは彼女が生粋のChineseなのでそう言うふうに思ったのかな。でもそれも恐らく違う。多分それは男女の差と言うか主婦と夫の差と思う。その根拠は僕の両親がそうだから。うちの母は躊躇なく物を捨てる。でも父は送信済みのFAX原稿まで捨てられない性分だったから。勿論両親とも戦中派です。
いずれにせよ住まいを良くするために試行錯誤ができるのは幸せな証拠だと思う。そう思ってもらえば僕も嬉しい。columnsの新大塚物語にも書いたことだけど荒川家がスイスで住むことになった事には少なからず僕も関わった事だから。人の生活というか人生というか、ここまで家族までを巻き込んでのことだったので僕としては今になって「あー良かった。」って心底思っている。それは、もし荒川家がスイス永住の意思と言うか納得をしていなかったら一戸建てを立てようとは思わなかったはずだから。

まっ、それは兎も角そろそろあのヨーロッパ大陸の風景が恋しくなってきたな。東京砂漠で効率優先の生活をしているとつくづくそう感じてしまう。しかし当面は、仕事は兎も角、音楽を含む諸所の事情で叶わない話しだけど。でも、せめてもの救いとして僕には軽井沢があるということかな。そう思えば精神的には結構贅沢な望みなのかもしれないな。

いずれにせよ僕にとって荒川家との縁は特別だと思っているので音信だけは途絶えないようにしていきたいな。
それに僕にとって人生の夢の最終形は、スイスのチューリッヒ(Zrich)のユング研究所で教育分析を受けることだし。もしかしたら老後は僕もスイスに住んでいたりして。
by jun_hara | 2006-09-14 21:41 | 独り言

英語か~

10年計画(←なんか旧ソ連みたい)で取得目標である資格の前提条件になる科目に英語があるので参考書を取り寄せている。
Webで調べてみると基本的には心理学の英論文を読解できる能力を検定するレベルなので英会話は必要ないのだけど、英論文って言うと浪人時代の1年間英文解釈の試験問題と格闘したのと、学生時代にゼミで辞書と格闘した記憶がよみがえる。それを考えるとちょっと気が重い。あの頃より遥かに脳が老化してるし、最近はIT関連の英単語しか眼にしていないし。英語以外の科目については全然大丈夫だけど心理学の先進国はやっぱり米国...おっとUnited Statesだからな~。しかし心理学の英論文って苦労して解釈し終えた時に「なーんだ。こんな内容、日本語なら1時間でわかるじゃん」ってことと「難しく書いているけど殆ど意味ないじゃん」ってことが多かった。でもそれは社会心理学...Social physiologyに限ったことで臨床心理学...(って英語だとClinical physiologyっか)なら違うのかな。まーせめて第二外国語はないし、もしこれが中国語なら既にGive upしてるし...う~ん、やるしかないか。
そういえばひろみの勉強部屋っていうサイトがあってちょっと読みふけっていようと思ったけど止まらないのでまた休みの日にでも。それにしてもスッゴい勉強量だなー。

でもその前に情報処理試験があるからそれまではいいか。って未だにそちらも手付かずだけど。
そんでもってこんな時に限って他に読みたい本や映画が出てくるんだ。でも、学生時代も試験前ってそんな感じで試験が終わるとそれ程観たいものでもなかったって思うことが多いし、本当に大変ならここでブログ書いている暇なんてない訳だから、恐らくしんどいことから逃げたいのだな。
う~ん、英語か~。
by jun_hara | 2006-09-14 00:11 | 独り言

MC

ライブやコンサートなどで出演者が話す事をMCと言います。何の略称かは知らないけど。
呼び名は兎も角ライブではMCが非常に大切だ。
以前僕がMCを題材にしてスセリさんのブログに書き込んだ返答が
「MCは大事ですよ。ライブにはその人の演奏の前に、多くはその人自身を見にきているから」という答えを頂いた。
僕も実は8年前くらいからそう思っていた。
ライブで「私は上手く喋れないのですけど...。」とか言われると引いてしまう。
インスト(楽器だけの演奏)ならともかく言葉を調べにのせて歌うのなら、そんなことを言ったとたん「それはただの努力不足だろうが。」ということになってしまう。「1時間話し続けろ。」なんて誰も思ってはいない。せめて今から唄う曲にふさわしい言葉を語れるなら前日に段取りを考えておけと言いたいのだ。
長く喋る必要はない。せめて10秒でも唄のイメージを膨らませることができるのなら
これは得て不得手の問題じゃない
だから僕は聴き手の立場になって最低限のMCを省略しない。
これはライブだけじゃなくて一般社会と言うか生身の人間を前にした場面ならどんな時でもそうだと思う。
そういう意味では僕は一般社会で通用しないアーティスト(あまり使いたくない用語ですが)なんて認めない。
社会が認めたとしてもそれは一過性のものであることは僕にだってわかる。
...他者(他の芸「能」人さん)のことはいい。僕は僕なりに目指す方向っていうか生まれてきた意味を自分なりに昇華できるようになってきたので、それを目指して追い続けていくだけなんだけどね。
by jun_hara | 2006-09-12 20:56 | 独り言

残暑のあとで

今日は涼しかった。やっと東京では夏が終わった感じ。
今年の夏は全国的に暑かったみたいだけど、関東地方はその暑さをそれ程受けなかったみたいだ。でも僕の心の中では今年の夏は暑かった。それは心の中での話しだけれど。兎に角「人生の分岐点」という言葉をどう昇華していくのかということで七転八倒してきたのだ。辛かった。死にたいとも思った。自分が何の役にも立たないのではないかと思い続けた。
でも季節が秋になってきたからではないのだけれど徐々にその方向が解ってきたように思う。
どんな時間を掛けてもどんな方法を使っても辿り着きたいものが見えてきたような気がする...。そう、まだまだ『気がする』段階だけれど。
勿論音楽は続けていく(それしかできなかったらもっと楽だったかもね)。それから今の仕事も食っていくために当分続けていく(それしかできなかったらもっと楽だったかもね)。けれどそれはそれ。23歳の頃から僕はそれ程単純な人生など約束はされていなかったんだ。

きっとそれが今まで出会った人達に対する答えになるような気がする。
まだまだスタートラインにもついていないのだけれど、20歳の頃からぼんやりと思っていたこと、そして消えなかったことが実は大切なことだったと思えてきたのだ。
さて、これからどうなるのか...この歳にして楽しみだ。
どうしても納得がいかなくて切り捨ててきた事(や人)に答えを出せるのかはこれからの自分の心次第なのだ。
うーん...今日の文章はやたら年齢が出てくるな。まーえーやん。

一部の方々にはご心配をおかけしました。えへへ、これからも心配していただきます。

そう言えば先月29日久しぶりに新曲を作った。
歌詞の内容は僕が29歳...要するに30歳になる寸前のことをテーマにしたものだけれど、不思議と抵抗なく歌詞は作れた。おそらくもう完全に過去の事だからかな。別に特別な思いはないけど、もう少し修正したい箇所が納得のいくかたちになれば音源にして公開しようと考えています。
by jun_hara | 2006-09-11 21:36 | 独り言