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こんな本が

戦争を知らない人のための靖国問題を読み終えた。
出だしはあまりメディアで取り上げられない事実を紹介しているので読み進めたが、そのうちにだんだん嫌気がさしてきた。

最初に嫌になったのは、論法が一貫して戦中の独善的でドグマになりがちだったことだろう。
すべての主張に反論する気はないが、この著者はこの国がどうして戦後、言語明瞭意味不明な外交の展開をなしてきたかの裏側が全然わかっていない。

サンフランシスコ平和条約に関してが特にそうで、あれは全面的な独立宣言ではない。
表向きはそうであっても東西冷戦の西側に属する宣言にすぎず、あの時に日本はアメリカの属国である宣言をしたのに等しいのだ。
名より実を取ったにひとしいのだという解釈をなぜできないのか?

著者の論理ではあの条約に調印した加盟国しか日本のことに口出しをできないとしており、その時の調印した国に中華人民共和国と韓国が入っていないから、現在靖国参拝に口出しをするなと何度も書いているが、両国の建国に至るまでの経緯について著者は実体験で無理であることぐらいは時系列的に考えればあり得ないことを言っているのはわかるはず。
そしてこの両国の誕生の原点が太平洋戦争だったのはわかるはずだろう。
それなのにあの条約にこの両国が賛同していないからなどとよく言えたものだ。

A級戦犯の靖国合祀については、僕自身不勉強だったけれど、この本で唯一「あっそうだったのか!」と分かったのはこの箇所だけである。
前述した条約締結後、日本は独立国として世界に承認され、東京裁判と言う勝者が敗者を裁く異常性を訴えることなく、その時の情勢判断でBC級戦犯を開放し、また、ご遺族を擁護した法案を可決したことには天晴れと思った。

しかし、A級戦犯について靖国に合祀されたことにつき中国や韓国に言われる筋合いでもないかのごとき展開の連続には辟易とした。
著者の論点の中には「侵略が悪いというのならアヘン戦争も裁くべき」とか、「前条約時に成立もしていない国にA級戦犯のことを言われる筋合いがない」とか書かれているけど、そういう歴史にした張本人としてこの国は関わり合いがないのかと言いたい。

東京裁判の違法性に対する正論も、あの戦争に突入していった時代の運命も学んだ上でなおさら、あの戦争の犠牲者、戦死者や大陸の異民族の犠牲について日本は正当化できるはずもないのだから。

この本の最後は両国の首脳に著者自身が送った手紙の文言が記載されていが、これを日本の意見として送っていることには途轍もない怒りを感じた。
何様のつもりなのだ。
現首相の福田さんが小泉政権当時に立ち上げた委員会でこの著者も選ばれているらしく、その内容も書かれているが、とんだ人選違いだ。


一見、ちゃんとした取材をしているように書いているみたいだけれど、その取材先は出征兵士の戦没者ばかりで、憲兵により獄死した人たちが含まれているのか!と思った。
また硫黄島のことにもふれているがあの島での出来事を本当に知っているなら、あの島に靖国にかわる追悼施設を造るべきなどとよく言えたものだ。

この本の内容は62年以上前の洗脳された軍国少女の域を出ておらず読後感は不愉快極まりない。
ただどうして戦後右派と呼ばれた人達の論法がこの国で取り上げられなかったのかを知るにはいい材料だろう。
そうでも思わなければこの本に時間を割いたことに割が合わないと思うほど不愉快な内容だった。

一番不愉快なのはこの著者と言うよりも、編集者と出版社にだ。
このタイトルが靖国問題だったら僕は買っていない。
タイトルの頭に戦争を知らない人のためのと付け加えたのは編集者と出版社の意図だと思うし、オビには靖国問題に終止符を打つ!とまである。
今時の新書は売れればいいのか!
僕の学生だった頃にはあり得ないほど低レベルな内容だった。
ちゃんちゃらおかしい!終止符どころか僕にとっては疑問が元に戻ってしまった。

確かに何も知らされていない戦争を知らない人がこの本を教科書に使って、変な歴史観を覚えてしまおうもんなんら恐ろしい未来が訪れるだろう。
まーこんなアホな論法がまかり通るなら日本なんぞなくなればいいと思うほど、そんなバカな時代でもないと楽観はしているけど。
でも、こんな本が第7版まで売れていると思うと、この国には未だ9条は足かせとして必要なのかとも思えるくらいだ。

それにしてもアマゾンの批評に対しての賛否の数字を見て、まだいいほうかなって思ったくらいだ。

久しぶりに読後の不愉快を感じたので長い文章になってしまったが、この本を読む時間があるくらいなら、半藤一利の昭和史を読まれることを勧めたい。
こちらの本ならば今のこの国のメディアが紹介する本はまだましなほうなのだと言える。
by jun_hara | 2007-09-29 20:06 | 独り言

予想通り

e0027033_0174027.jpgこの連休は休日出勤だった。
でもさすがに今日はコタンの出演日だったので休日にしたけど。

結果はというとギターバージョンは完璧、でもピアノバージョンはいまいちだった。
特に一夜漬けで作った新曲が....。

演奏終了後、楽屋で矢野さんからギターのアレンジを誉めていただいた。
矢野さんはあべあきらさんのプロのサポートギタリスト。
ここ最近これほど嬉しい言葉はない。
僕が帰る時には矢野さんのほうから、かたい握手もしていただいたし。
次回からはやっぱりギターだけにしようかな。
でもコタンの常連であるKさんからは新曲を誉めていただいたから、やっぱりピアノもやるのだろうな。
僕は誉め言葉に弱いから。

それにしても、あべあきらワールドはやっぱり凄いのだ。
この人の歌詞の世界観は絶対大人にしかわからない。
毎度予想外に抱腹絶倒してしまう唄の数々なのだ。
またお笑いだけではなく、心に響く情景描写の唄がいっぱいで、映画のALWAYS(三丁目の夕日)を観る前にあべさんの唄を聴いたら、もっと昭和が記憶に残ると思う。逆に時事ネタや昭和の流行を経験していない人は、あべさんの絶妙なネタの数々は半分もわからないだろう。それがわかる時代に生まれて本当によかったと思う。

大人の唄はそれほど奥深いのだ。
まるで京都の一見さんお断りの店並みに一目では分からない趣があるから。


ライブ終了後、スセリさんが来ていた。
自分の舞台があるのに駆けつけてくれたのだ。って言うのはウソ!
顔を合わせた時「なんだハラジュンも見に来てたんだ」だって。
次のコタン出演でのあべさんとの打ち合わせがあるのだろう。

あまりにもきつい睡眠不足なので、早々に帰ろうとしてギターを背負ってまわりに挨拶をしていたら、スセリさんがそれに気づいて謝りついでに店内でハグしてもらった。
いいのか?
ついでに店の外で立ち話しをして帰宅したのだけど...とっても眠い。だるい。きつい。
やっぱり新曲作成で夜更かししたからだろう。
明日からも仕事だからなぁ...。

そうそう秋の定番になったスセリさんの新作コントのチラシも載せておきます。
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セットリスト

1.the begining(CD inst)
2.生まれた街で with a guitar
3.女友達 with a guitar
4.乾いた九月 with a A.Piano
5.はじまり(新曲) with a A.Piano
6.夢を唄う with a A.Piano


今日の写真はスセリさんから頂いた昆布です。
これどうやって食べたらいいのだろう。
by jun_hara | 2007-09-24 23:57 | 週末

時間軸

DVDでDear Friendsを観た。
久しぶりに良くできたストーリーだった。
観終わった後にオフコースの『哀しいくらい』の歌詞が浮かんできた。

君の間違いは哀しすぎる
『今さえよければ
今しあわせなら...』
どうしてそんなこと思っていたの
君よ泣かないで...

主人公のリナがどうして見せかけの渋谷にはまっていったかを納得させる場面は最後までなかったけれど、この展開ならこの映画が伝えたいメッセージは少なくとも僕には届いた。
でも今の映画としてはメッセージを伝えるまでの前半が長すぎて、殆どの人がそれを見失うのは仕方ないだろう。
恐らく『トモダチ』という臭い台詞が何度も登場しすぎて、この言葉に嫌悪感を抱いてしまうように思う。
ただ現代の首都圏の象徴であるTeen Agerのリアルな表現についての折り込み方は御見事という演出で、渋谷の宇田川町エリアの不健全さをそのままに表現しており、それとは対比する世界である命との関わり方という...本来大人が説明すべきメッセージについてはダイレクトに突きつけていると思った。

この映画で助演になった本仮屋ユイカは2年前のNHKの朝ドラのファイトで主役だった。
あの時も稀に見る地味な好演だったけれど、この年月を経てもその演技には曇りもなく、むしろエンディングでは衝撃の展開を自然に演じきっている。

この映画がヒットしなかったのは時代のせいだろう。
それは反面...今を生きている人にとって『命とトモダチ』という言葉が重すぎて、ここからイメージできるものが見えにくいからだと思う。

それにしても意外なところで感動はおとずれるものですね。

さて日曜日も休出なのでそろそろ寝ます。
by jun_hara | 2007-09-23 02:28 | 独り言

外見

僕は人を外見で判断する。
たとえ内面が多数の人にとって綺麗であっても、僕が直観的な嫌悪感を憶えた時、目の前でその内面が見えないのなら拒絶反応を起こしてきた。
でも僕が判断する外見は一般に言われているものとも違うみたいだ。
例えば女性が美人と評価されていても、僕のツボにはまらなかったら綺麗だとは決して思わない。

それでは僕にとって外見が綺麗だという基準はどこなのかと思いめぐらせば....
首筋から鎖骨にかけて笑っている時に筋が立ってクッキリ見えることかな
不思議とうなじに弱い男の話は聞くことは多いが、この首筋から鎖骨にかけてのことは耳にしたことがない。
目つきが悪かろうがこのポイントにハマると何時までも見ていたくなるのだ。

僕にとってこれは静止画像のようなものではないから写真なんかでは感じないもので、このポイントに気づくのは直接それを眼中にした時...つまりは僕が構えていない時にふと見る仕草で釘づけになってしまう時みたいだ。

長い間、心理学とかかわっていると、人の内面は時間軸によってあらゆる人格に変容するとわかるから、この人は一時で良い人だとか悪い人だとかを即断できなくなる。
少なくとも人の性格と言うべきものを理解するには1年以上かかるし、ましてや僕自身この年になると若い頃の価値観とは逆のほうに向かっているようで、いったいこれから何人の人格が僕の中に登場するのかと思うくらいだ。
そんなことを思うので益々他人の人格も即断できなくなってしまうのだ。

現代人はそこにあるものであっても目に見えないと何も判断ができなくなることが大きな恐怖だから、人物批評などはその場の直観で好き嫌いを判断し、理屈は後から付いてくるほうが多いように思う。取り分けメディアに露出されている有名人なら尚更だ。

でも第1印象と言うのは非常に大事で『どうして気に入ったのか』を分析すれば、相手の外見が重要だったということがしばしばだ。少なくとも心理統計的には。
そして僕にとってはそれが首筋から鎖骨にかけての筋の動き具合のことが多いのだ。

この箇所は歳を取る程崩れやすいところで、大酒飲みならばすぐに首筋のラインがなくなっていることがわかる。要するにこれは顔太り。
あと人間が筋トレで唯一鍛えられないのもこの首筋から鎖骨にかけてである。

僕は出会った時にこの箇所が崩れていなくても、年月を経て崩れてしまったら100年の恋も冷める思いになる。

正確な言葉にこだわれば、ここで言っているのは性格であって態度ではない。
この外面はその人の過去も未来もごまかせない箇所であり、その動きは内面を彷彿とさせると感じている。

いまその人がどんな価値観の違うことを言っても、この箇所がクリアできているなら、時間がたてば別の価値観に変わるのが人間だと思い、待つことができる。

目は口ほどにものを言いという言葉があるけどそれは一時の人物評価だ。
だから僕にとっては首筋から鎖骨は口ほどにものを言いが重要みたいだ。

ううう...酒が入るとこんな支離滅裂なことも書いてしまう。
けど、いつもシラフでいたら筆が進まないからいいのだ。
ましてやこの土日は予想通りやけくその休日出勤になるし。

ホーホケキョ!
by jun_hara | 2007-09-22 02:56 | 独り言

真夏日の秋

e0027033_164326.jpg連休も残すところ今日のみになった。
でも来週も3連休なのだー...と思っているけれど休日出勤の可能性が大。
だからこの週末だけはいっぱい自分へご褒美をあげたのだ。
さてその内容を僕の作業予定Personalから掘り起こしておく。

平成19年9月15日土曜日
●DVD返却(ただ、君を愛してる)
「しっ、しまった!この映画前回も借りている。」と分かったのは先週の事。
仕方がないのでもう一度観てから返却することに。

●13:00歯医者
今回は3か月毎に行っている定期検診。
その時の先生との会話
「歯垢が着きにくくなっているみたいだけれど、歯磨き方法がうまくなったのですか?」
「いいえ」
「とすると煙草の本数を減らしたとか?」
「いいえ」
だった。
確かにクリーニングにかかる時間はだんだん短くなっている。
でもうちの家系で歯が丈夫なのは今のところ僕だけだから今後のためにこの検診は続けるつもり。
次回は平成19年12月15日土曜日13:00。
ちなみに、うちの家系で唯一視力がいいのは姉だけ。一番の読書家のはずなのに。

●15:00日精研
今回カウンセリングでは自分のこれまでの生活を永遠の少年という観点から話し出した。
このリンクの説明だと分かりやすいぶん厳密性に欠けるので、誤解がないように書くと現在の日本人が持っている永遠の少年性としたほうが妥当だろうけど。
そしてそんな影を自我に統合するために必要なこととして僕の人生に特別な分岐点になった古い手紙を先生に預かってもらった。
次回からは恐らく真剣勝負のカウンセリングに変容していくと思う。
いずれにしてもこれからの自分がどう変われるか楽しみだ。
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カウンセリング終了後、靖国神社の大村益次郎銅像が見えるカフェで遅い昼食。


●19:00猫森集会
今回のAプログラムのゲストは斉藤由貴
既に2児の母になっているけれど、その天然ぶりは相変わらず。
僕が大学生だった頃は比類ないアイドルだった。そういえばゼミの同窓生にはなっちゃんという娘がいて学部内でも結構人気があったなぁ。血液型も同じB型だったし。

ゲド戦記
帰ってきてから午前中に借りたDVDを観た。
それにしてもこの話...。どれだけの人が含まれているメッセージを理解できたのだろう。
話の中に出てくるのはドッペルゲンガー死と再生など殆どが深層心理学で扱っているテーマをストレートに表現している。
時代背景はジブリの作品に多くみられる中世西欧風の海辺の街だけれど、話の展開は結構ベタな内容。
もののけ姫もそうだけど、ここのところのジブリ作品は環境問題や現代人の精神的病理を話の中心に置きすぎているので、伝えたいことはわかるが、子供達や普通の娯楽作品として鑑賞した大人達にとっては難しすぎると思う。
やっぱり耳をすませばのような映画のほうがジブリ作品としては僕は好きなのだけれど。

平成19年9月16日日曜日
●13:30ソングライティング
今回のテーマはディミニッシュの使い方のまとめ。
このコードの理解はあらゆる作曲の分野で登場しているけれど、その使用方法を解説するのはかなり難しいと思う。クラシックの楽典でもこのコードの展開については一番難しい分野に属する。
しかし覚えてしまえばこれほど和音構成が俯瞰できるコードはないので、理論よりも使い方を実際に応用したほうが早い。事実今回はその理論的説明をできるだけ避けて実践したせいか、皆疑問もなく織り交ぜて曲を作っていた。
15:30からは斉藤先生が用意してくれているスタジオでギターの個人レッスン。と言ってもこちらは僕が教える側。池袋のソングライティングの授業はピアノにより行われるため、ギターでのライブ出演をするためにはどうすればいいかということの補講みたいなもの。
今回はその総集編としての内容で、ギターでのディミニッシュについても説明。
e0027033_16405566.jpg一般のギター本ではこのコードの押さえ方は左図のように書かれていることが多い。
しかしこの押さえ方だと5弦6弦をミュートしなければならないから音の厚みとしては使いにくいことが多い。特にストロークで使いたい場合などがそうだ。


e0027033_164158.jpgそこで登場するのがもう一つの押さえ方である左図のポジション。
これだと全弦を弾くことができるのでストロークやコード展開にも応用しやすい。
などなどをやってきたのだけれど、この他技術的には8ビートストロークの基本とFill in、スリーフィーンガーの基本とベースランニング。それから実際のオーディションを想定してライブでの目線。ノリとメッセージ性などについて解説し、後は練習量というところまでたどり着いた。
ライブハウスのオーディションに受かる為にという前提で始めたので、これで僕の講義は終了。後は本人次第なのだ。もちろんサポートは逐次必要だと思うけど。


e0027033_16501749.jpg●17:30アコースティックナイト in 横浜
横浜の関内ホールで行われた伊勢正三、太田裕美、大野真澄のユニットコンサートへ行ってきた。
僕らが小学生の時に大ヒットをとばしていたメンバーのユニットなので5000人規模の大ホールも超満員。伊勢正三は僕の弾き語りの原点の人だし、太田裕美は中学生の頃、一番のあこがれだった。大野真澄はガロのメインボーカルで勿論学生街の喫茶店は凄い迫力だった。すぎやまこういちの作曲としては最高峰だ。
すごく贅沢なプログラムで知らない曲は殆どない。
エンディングも三者三様のメイン曲で締めくくり、それでもアンコールが絶えなかったので予定外の唄まで披露する盛り上がり。やっぱ昭和の名曲は僕らの深いところに刻まれいるから心揺さぶられるのだ。

このように結構移動の多い週末だったけど、移動中は携帯で音楽を聴きながら読書。


現在読んでいる本は
影の現象学
この本はかなり難解なのでわからないところは読みとばさないと進まない。
でも随所に重要な説明が書かれてあり、前述した永遠の少年についても、この本で理解できた。

戦争を知らない人のための靖国問題
これは題名の割にわかりやすい内容。著者自身が戦中は軍国少女だったこともあって戦後の日本の変節ぶりにはかなりその嘆きが伝わってくる。
右に偏った主張には極度の抵抗感がある僕らの世代だけれど、僕らが教えられてきた事にはかなりの事実誤認や偏見があるので読んでみて損はない。

ギタリストのための楽典
これは実際にギターによるソングライティングをどう教えるのが妥当かを研究するために買った本。
内容としては入門の域を出ていないし、ギターならではの説明としては面白くない。
この本よりもギタリストのための全知識のほうが全然読み応えが違う。

ううう...今日の半日がこのブログを書くことで終わってしまった。

今回の最初の写真は土曜日のカフェから見える靖国神社です。
by jun_hara | 2007-09-17 16:16 | 週末

ブログと個人的記述

e0027033_044587.jpg僕はOfficalな作業予定とPersonalな作業予定を常時立ち上げているパソコンに開いておいて、できるだけ生身の脳をCPU(思考)に使いメモリ(記憶)の負担を軽減するようにしている。これのやり方は具体的にもこの10年続いている。

Officalな作業予定は軽々に載せられないけれどPersonalな作業予定はこのブログの基盤にもなっているので公開することはさして支障がないことがほとんどだ。
例えばこの土曜日の欄には

平成19年9月15日土曜日
●DVD返却(ただ、君を愛してる)
●13:00歯医者
●15:00日精研
●19:00猫森集会
と書いている。
●はその時を迎えるまでは○にしておいて終われば●に切り替える。予定のない日は記述しない。勿論、予定変更に伴う追加・修正・削除・移動はすぐにできる。
使っているソフトは難しいものではなくWordで書いている時系列のプレインなファイルだ。
それに1年1ファイルで保存している。
本来スケジュールなどはOUT LOOKやその他のスケジュールソフトを使うのだけれど、Wordにこだわっているのは、Windowsマシンならばほとんど搭載されているし、Wordが入っていなくてもワードパッドはWindowsのアクセサリに標準装備されているし、USBメモリがあれば簡単に持ち運びができるから。
移植性で言えばテキストファイルが一番良いわけだけれど、Word形式にこだわるのは目次機能があって簡単に日付が索引替わりになるからだ。
例えば去年の今頃どうしてたかな?と思うと作業予定2006年Personal.docというファイルを開いて、今日と同じ頃の日付を目次で選び、CTRLキーを押しながらクリックするとすぐにわかる。
手帳にスケジュールを書いている人にはわからないだろうけれど、筆不精でPCキーボードが苦にならない人には、この判断基準が結構大事だったりする。

これは前にも書いたかな?

とりあえず、この5行ほどの作業予定から土曜日の出来事を抜粋して書いてみる...って思ったけれど時間が時間なので後日書きます。
おやすみなさい。

今回の写真は新宿駅南口から見える東京では一番高いビルです。
by jun_hara | 2007-09-16 00:44 | 独り言

雅-miyabi-

e0027033_22562367.jpgこの秋は
仕事に始まり仕事に終わる
でいい。
どんなに遅い帰りになっても帰り道に涼やかな丸の内のビル明りに照らされていると、それだけで「あー今日も一日よくやった。」と素直に感じられるから。帰り道の風景はやっぱり重要なのだ。

夜の東京駅を眺めていると昔の京都駅を思い出す。
今の京都駅は無機質な現代建築に成り下がってはいるけど、僕が学生の頃はどこか野暮ったくもありながら近代建築の煉瓦造りの味があり、これこそ雅のひとつだと思っていた。

といえば京都だけで手に入る同名の煙草があった。
味はこれ以上不味いものはないくらいだったけど、パッケージが黒塗りに虹色の文字が書かれた粋な柄だったので、高校の時からこのパッケージの柄が好きで何度も買ってはみた。でも何度味わってもその不味さにはだまし続けられたので流石に今はその味さえも忘れてしまった。

江戸の粋京の雅
価値観は違うけれどその土壌が表現する美学という点では同じで、そこに住む人はその躾こそが大切なものと信じてきた。
輪違屋糸里の録画を観ながらふとそう思った。

15年ほど前に京都の嵐山に住んで大阪の本町に通勤したことがあった。
大した思い出もないのだけれど、住んでいるアパートから桂川に掛かる渡月橋まで自転車でいける小春日和の休日はほんの少しの幸せがあった。
その頃には学生の時によく通った河原町荒神口のジャズ喫茶シアンクレールも無くなっていて、そのせいもあってか四条河原町界隈へ行くことも少なくなっていった。シアンクレールは二十歳の原点に登場する店で、ビルの2階にある薄暗く狭い隠れ家だった。(1階はガラス張りのクラシック喫茶でこちらもシアンクレールだったが一度も行ったことがない)
この本(というか日記)の著者である高野悦子さんが自殺したのは立命館大学の3回生の時。時代は今年大量の定年を迎える団塊の世代が学生だった時期である。この世代はまたの呼び方として全共闘世代とも呼ばれ、1969年に東大安田講堂が陥落する年にあたる。当時、立命館大学は広小路といって荒神口にほど近いところにあったらしいが、僕が大学生の頃には影も形もなく、既に現在の衣笠山へ移転していた。

今でもそうだけど僕はひとりで誰にも邪魔されずに本屋や楽器店、レコード店などを歩いて回るのが好きで、とりわけ京都では街の歴史的情緒と相まって、いたるところに本屋があり、あっという間に時間が過ぎてしまうことが度々だった。
その合間には匿名性を甘受できる休憩場所があって、僕にとって京都ではシアンクレールがそうだったので、閉店を知った時の侘しい気持ちは今でも覚えている。

京都に住んでいた頃、一番はまった音楽はウィンダム・ヒルレーベルの環境音楽だった。
今でこそ就寝する時には空気清浄機の音しか聴こえてこないけれど、20代の頃は子守歌代わりにウィンダム・ヒルのCDを毎晩かけていた。

東男に京女という言葉があるけれど、関西では何度も惚れ込んだ女性や心許せる女友達はいたけれど、そんな縁のある男には出会わなかった。
それとは真逆に東京で暮してから長くなるけど、昔のように惚れ込む女性に未だ出会ったことはないが、腹を割って話せる友人は数人できた。

ふたついいこと さてないもんよ

これは今年他界された河合隼雄先生の好きだった魔法の言葉だ。
できることなら18歳に戻って京都大学教育学部(臨床心理学科)を受験していたなら...などと思ったりもする。そうすれば何の迷いもなく今頃は臨床心理士にでもなっていたのではないかとも。
勿論合格するには18歳だと遅すぎるだろうけど。

とりとめもないことを書き続けた。
過去のことを思い出すことが多いのは今が面白くないせいだろうけれど、振り返る過去があるだけまだ救われている。

今回の写真は東京駅地下コンコースに展示されているルノーのF1マシンです。
by jun_hara | 2007-09-14 23:17 | 独り言

taiwa

土曜日の午前中に天井からの水漏れ調査に来てもらい僕の部屋の天井裏と、上の階の水周りを調べてもらった。
原因は確定しなかったが、ビル自体が古く上の階の風呂場は僕の部屋とは異なり、改装前のタイル張りのままで、そのひび割れから漏れた可能性があるということだった。
なので業者ではそのコーティングをしておいたとの事。
ただ僕の部屋でも風呂周りの水はけが良くないことも話してみたが、「そのことについては天井をはがさないと難しい」ということで現状については管理会社である不動産屋へは伝えておくとのことだった。
同じ時間帯に買ったばかりの25枚連動型CDプレイヤーの修理業者も来て、目の前で解体修理をしてもらった。
ついでにそれまで持っていた同型のCDプレイヤーのレンズ精度が落ちたために買い替えたので、その場合の修理金額や修理方法も聴かせてもらったが、今回は買い替えて正解だということで合点がいった。

とりあえず15年以上前に父に買ってもらったCDラジカセがキッチンに置いてあるのだけれど、こちらは来週にでもイトーヨーカドーへ持って行きレンズ交換をしてもらおうと思う。

この他今週末は一対一で誰かと話す機会が多かったのだが、それを書き出したら朝までかかるような内容だし、書く必要もないことまで書いてしまいそうなので止めておく。
ただ長話は話し終えた後、ゆっくりと咀嚼してみたら面白いほど発見が多い。
でもそれは話している時の自分が誠実でないと、それさえもわからないことだろうけど。

YAMAHAのレッスンでは自分が押さえた和音のコード名称をどう表現するかで久しぶりに困惑したが、帰りの電車で納得がいく答えが出た。
その音の構成はKey of F(ヘ長調)でベース(左手)がC。上部構成(右手)がB♭,D♭,F,AなのでB♭m△7/Cと書いたけど、Gm7(9)からの展開でこのコードをはさんで、F△7(9)に解決するコードとしたので、構成音としてはGの音がないのだけれど一番妥当なのはGm7♭5(9)/Cだろう。

さて明日からも残業の日々が始まるのでここらあたりで。
by jun_hara | 2007-09-10 01:15 | 週末

台風一過か?

e0027033_2251455.jpg今の東京は傘があっても10分歩けばずぶ濡れになるくらいの天気。
まーそのおかげで職場の館内放送では早期帰宅の放送が流れるくらいだったので、この時間にこの文章も書けている。
良くも悪くも一日一日の出来事をどうクリアしていくかという日々には変わりないのだけれど、昨日までの気重な自分とは打って変わって清々しささえ感じることができるようになったことには、動いてくれた方々にただただ感謝するのみ。

今年の夏は異常に暑くて、暑さにつよい僕でも体調はすぐれなかった。
この台風が去った後で秋の気配が感じられたなら、少しは猛暑地獄も我慢できそうかな。

今日の写真は8月4日の猛暑の日に日本橋の島根館というアンテナショップで石見銀山の世界遺産登録祝賀の一環として行われた巨勢典子ライブです。
1年以上、巨勢さんのライブへは行けなかったのだけれど僕のことを憶えていてくれて、後ろから声をかけて下さったことがあったのです。些細なことだけどこんな事って本当に嬉しい。

明日は神楽坂の赤城カフェで巨勢さんのライブがあるのだけれど、まさか明日の夕刻までこの台風が続くことはないから行くのは難しいかな。でも身内の誰かが死んだことにすれば行けないこともないけどね。
by jun_hara | 2007-09-06 22:16 | 独り言

一日千秋

ゴールがわかっていたら何年でも待てる。
わかていなかったら1時間ももたない。

ここのところ買ったばかりのCDプレイヤー故障とか天井からの水漏れとか、想定外に時間をとられることが連発している。
でもこんなことは段取りを踏んで手配してしまえばどうということもない。
むしろ何時になったらCallingにたどりつけるのか。
いつまでこんな食いぶちにすがりついていかなければならないのか。
by jun_hara | 2007-09-02 21:10 | 独り言