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僕がメール嫌いな理由

e0027033_173665.jpgここのところ兎に角メールが当たり前になってから、僕の仕事の半分はメールの受信に対する返信で時間をとられて、本来の作業が予定通りに消化できない。
なおかつ、私生活でもメールのやりとりが否応なく増えている。

確かに時間を気にせず伝えたいことを投げるツールとしては人間のコミュニケーションに革命を起こした万能ツールに見えるが、何事も使い方次第で弊害にもなる。
言葉だけでは伝えられない内容のニュアンスを表現するのに時間をとられたり、それさえも誤解されたり。
それに今や僕はじじいの仲間入りをしているアナログ人間なので、知っている人はわかると思うけど僕が返信したいことや伝えたいことは同じ言葉でも、抑揚や前後の注釈があって直接話さないと正確に理解されないことが度々なのだ。

ましてや僕は関西人の男なので基本的なコミュニケーションは漫才のごとく直接会ってぼけと突っ込みという時代と文化圏で育ってきている。
※ここであえて男と書いたのは女性の場合関西人でも、授業中に先生が気づかないようメモを回したりして育ってきているので男とは違う。

それに僕は酔っぱらうと、時間がとれそうな人を見つけて長電話をする電話魔の習慣は中学生の頃からある。

先日、とある肉親から「あんたの書く日本語はおかしいことが多い。今の時代、メールでコミュニケーションを取るには未熟な文章だ」と言われた。
勿論、それは事実である。
僕は高校生になるまでマンガ以外一冊の本を読破した覚えは殆どない。
なおさら読書嫌いで、夏休みの読書感想文の宿題は前年に先輩が書いた文章をまるごと写し書きしてしのいできたくらいだ。
受験依頼、今はその反動か読書魔になっているれど。
でも文章を書くのは仕事以外ではこりごりなのだ。

日本においてメールの急速な普及はここ10年以上になるが、CCを含む送信者に気をつけないと、内容次第では相手の誹謗中傷や告げ口になり、人間関係を悪化させるとこが頻繁に起こる。実際これで人間関係の崩壊を何度となく見てきた。
実際、僕の仕事ではメールが不可欠なので使わずにははかどらないわけだけど、このあたりに
配慮しないと「正しいことを書いたから」では済まされない結果になる。
なので、仕事において僕のコミュニケーションに対する努力は、できるだけ直接会って話せるよう席の配置については物理的距離が短くなることを要望している。

私生活においてはできるだけコンセンサスを得る手段として主に電話で行い、要点についてだけ忘れないようメールで送信するようにしている。

なのでメールに対する返信がないからといって無視している訳ではないことを理解してほしいのも切実な願いなのだ。
僕は短気で忌憚なく意見を言う(書く)人間なので、メールだと相手をコテンパンに追い詰めてしまうことも度々だから。

この文章を読んだ人は、どうかこの初老の言い訳を理解していただきたいのです。

今日の写真は僕の部屋の玄関です。
以前にも同じような写真を載せたことがあったけど、相違点は霧吹きが増えていることです。
先日、花屋のおじさんに聞いたら、観葉植物の鉢に水をやるだけでなく、葉っぱに水をかけるのが大切と聞いたので実行しています。
by jun_hara | 2008-08-20 23:33 | 独り言

鐵次郎とポニョ

e0027033_21135684.jpgお盆に入った東京は人影まばらな所もあると思い、珍しく早く起きられた土曜の朝に部屋を出てみた。

この土日、深川では3年に一度の富岡八幡宮の本祭りである。
クライマックスは日曜日で茅場町から永代橋を通って東陽町までの永代通りと裏道はすべて車両通行禁止になり、御輿が担がれる。

今日は永代通りの片道1車線だけ通行規制をして、それぞれの町内会の御輿が繰り出されていて、今回の写真が僕が住む部屋から出た所すぐの御輿の模様。
最終日の迫力はないものの、祭りの空気が漂っていた。

さて僕はというと帰省するでもなく、旅行するでもなく、兎に角世間の動きとは関わりなく特に決めていた予定がない。
とりあえず昼間に済ませておくことを思い巡らし、御輿の横を歩きながら自転車を転がして西へ歩いた。

e0027033_2114351.jpgまず思いついたのは、最近、近くにできた鐵次郎と言ううどん屋へ行くことだった。
ここはとある雑誌で、湾岸・築地・江東区エリアのうどん屋リクエスト1位になった所なのだ。
この店は年中無休と記載されているが、できて間もない頃、閉店直後に店の人に聞いたら、平日は突然休みにすることはあるけど、雑誌に営業日が掲載されてしまったので土日だけは休まないとのこと。
それに営業時間は11:00~15:00なのだ。(この時刻だと土曜日の僕はほぼ寝ている)
何回も金曜の夜には「明日行こう」と思っていたけど、それが今日になってしまった。

12:30に僕が入った時は祭りとは関係ない裏通りにあるせいか客は一人もいなかった。
でも1分経たないくらいに近所のお婆さんらしき人が入店してきて直ぐ、まだ注文していなかった僕を横目に「冷たいの!」って...。思わず僕も「それと同じもの!」と言った後メニューを眺めていた。
月曜日を例外として、通常メニューは温かいものと冷たいものの2つしかない。
さすがにこの季節、温冷の二つしか選択枝がなければ、日中は冷たいほうになる。それが今回の写真。
食後の結論から言うと「これで950円だと、いくらこだわりの店でも知人友人を誘うのは無理」。
確かに出汁と具から醸し出される味はいいし厳選素材での自家製麺は腰があって美味しい。それにデザートについてくる杏仁豆腐は濃厚で申し分ない。
ただ、うどんに950円では讃岐うどん京うどんを食ってきている関西人としては納得がいかない。関西人はいくら高くても、何の驚きもないうどんに600円以上は払わない。(今のインフレ状況だと知らないが)
個人的な感想だけど麺の腰の解釈が難しいのだ。
一番わかりやすい例えだと、僕の中で美味しいうどんの麺の表現は至極簡単で

表面ツルツル中シコシコなのだ!

しかしこの店の麺はツルツルが本場讃岐程ではない。そうなるといくら腰があってもシコシコが生きてこない。
これでは麺の店が激戦区である門前仲町で、3年後にこの店があるかどうかは難しいと思う。
でも平日は微妙にオフィス街である場所だから例外になる可能性はあるけど。

13:00頃うどん屋を出て自転車を漕いで姉の部屋まで届け物をした後、汗だくになった体を冷やすためと煙草を一服するためにイトーヨーカドーへ入った。そしたら吹き抜けのエスカレーター横にある大きな垂れ幕で崖の上のポニョが目に入った。

こうなったら衝動を抑えられない。
と言うのも、前にNHKのプロフェッショナルで宮崎駿の原作・脚本・監督最後の作品かもしれないというMakingの様子を観ていたから。それに今回は原点でもあるCGを一切使わない全て手書きのセル作品だと知ってすごく興味があったから。

僕自身ジブリ作品を全て観てきて、ここのところ特に不愉快だったのは
画像の色遣いや背景の描写がCG特有の技法で緻密になっている分だけ、味気なくなってきていること。
それに時代もあると思うけど、余りにも人類に対するメッセージ性が強すぎて純粋な娯楽として見られなかったことだった。
ポニョに関しては少々環境問題の胡散臭いメッセージはあったけど、5歳の子供が純粋に楽しめるファンタジーになっていた。
しかし宮崎さんの65歳にしてこの創造力は圧巻だ。
周りで観ていた幼児達も最初は集中できなかった子などが映画館初体験のせいか、アクション映画の予告編のあたりから泣き止まなかったものの、本編後半1時間くらいでは完全に集中して魅入っていたのだろう。エンディングでは子供達が映画にあわせて合唱状態になっていた。

16:20頃外へ出てみたら、なんだか空は群青色の変な雲が覆っていた。
まさかとは思ったけど、夕立があったみたいだ。
湿気だった道をOKスーパーへ向かい、週末の買い物を終えて帰ってきたら18:00を回っていた。
何もする予定がなくても、この町に住んでいたら何かで時間が埋まってゆく。

さて明日は本祭り!

でも次の1週間が仕事の山場なので早く寝なきゃ。
by jun_hara | 2008-08-16 22:23 | 週末

1945

少なくとも63年前のこの年の事が風化しませんように。
by jun_hara | 2008-08-16 01:54 | 独り言

いよいよ

e0027033_0181155.jpgどんどんプロジェクトの重圧は加速している。
でもこれで食っているんだから頑張るのだ。

それにしてもMS-IMEの日本変換に頭がきたので、とうとうATOKを発注してしまった。質素倹約を貫くつもりだったのに。


さて、あと二日で富岡八幡宮の本祭りが始まる。
本祭は3年に1回行われ、今年がその年なのだ。
帰路の永代通り沿いには既に神輿の準備が整って、その脇では男衆が酒を飲みながら見守っている。

僕は子供のころから大のお祭り好きだったけど、幼かった頃は親が氏子の寄付金をしなかったからか、神輿を担いだ経験がない。
だからといって今の神輿を担げるわけではないけど。
それでも祭りは面白いのだ。

若い頃から数々の祭りに参画してきたけれど、その中でもダントツに愉快だったのが2つある。
どちらも学生時代のゼミの連中がからんでいるもので、ひとつは徳島の阿波踊り
そしてもう一つは2度とない上ヶ原すっぽん祭り

前者はゼミの伝統で関西学院大学と武庫川女子大学がという集団を組んで踊る阿呆に参加するというもの。
僕は連に参加するゼミのリーダーに組み込まれたのだ。
これは各都市で行われている阿波踊りとは比較にならない。
徳島の市街地が全て車を通行止めにして3日間フルタイムで踊り明かすのだ。
これだけの規模の祭りは未だかつて見たことがない。

後者は学生時代、僕の部屋で貧困の田中ゼミ下宿生が集まって飲んだ後、酔いにまかせて裏山の甲山(かぶとやま)に登り、大阪平野の夜景を見下ろす山頂でラインダンスをしたというもの。
山頂に辿りつた時にはみんなすっぽんぽんだった。
下りの途中で山寺に着いた時、丑三つ時なのにいたずらで鐘をならしまくった。(ちなみに近所に住居はありません)
デートコースである道路では車が通ったりしたら、みんな手やチ〇ポを振りながら見送ったり、夜景スポットでは良い雰囲気のカップルの前を、列を組んで頭にジャージをかぶり「わっしょい!わっしょい!」と声をかけながら軍事訓練のランニングのように通り過ぎてゆくというものだった。
この一連の出来事を誰が名付けたかは憶えていないけど上ヶ原すっぽん祭りと名がついて、参加した連中は暫くこの話が途絶えず、男女関係なしに知り合い中に広まった。
こんな阿呆なこと...学生時代には是非一度はやっといた方がいいです。

今回の写真は帰路に出くわした永代の神輿です。
by jun_hara | 2008-08-15 00:18 | 独り言

幸福について

e0027033_0531844.jpg予想通り残業は拡大している。
今日(正確には昨日)の朝は流石に2度寝をしてしまい、気づいたら遅刻ギリギリのタイミングで起床した。結果的には全然大丈夫だったのだけれど朝から冷や汗と脂汗をかいた。

ここのところ寝る前には三木清著の人生論ノートをランダムに1章づつ読んでいる。
この本を知ったのは、僕が浪人生の頃で、当時東京大学入試試験の現代国語には殆ど掲載されていたというものだった。

以前にも持っていたのだけど、四谷から木場へ引越す時に、貯まり貯まった本を捨てた中にまじっていたようだ。
衝動的に前の土曜日に買い直したのだけど、約20年ぶりに読んでみた感想は「昔、本当にこの本を理解して読んだのだろうか」というくらい、難読を要求される内容なのだ。
かといって、使われている単語は誰もが聞き覚えのある

死について
幸福について
懐疑について


などが1章が4,5ページ毎に書かれているのである。

別に今から哲学者になろうとしているわけではなくて、この本の1つの章を読んだらすぐに眠たくなれるのだ。
それに、この本を読んだ後にコンピュータ関連の本とか、仕事の資料とかを読むと、不思議なほどに軽く読めてしまう。

それ程この本は難解であるわけだけど、時折僕の日本語力でも腑に落ちる言葉が登場する。
昨日は幸福についての章にあった締めくくりの言葉で

機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、寛大なこと、等々、幸福はつねに外に現れる。
歌わぬ詩人というものは真の詩人でない如く、単に内面的であるというような幸福は真の幸福ではないであろう。幸福は表現的なものである。鳥の歌うが如くおのずから外に現れて他の人を幸福にするものが真の幸福である。


というものだった。
なんだか最近問いかけられている課題に一筋の光明が見えた気がした。

今日の写真は先日、九段下でのカウンセリングの帰路に参拝した靖国神社です。
by jun_hara | 2008-08-14 00:32 | 独り言

ぽっかり

e0027033_16102543.jpg東京ではうだるような暑さが続いている。
でも、関西に比べればましなようだ。

最近の僕はと言うと、ただただ平日は仕事の事ばかり考えて時間が経ってゆく。
どうやら今月はこのままどっぷりと今抱えているシステム開発のことで終わっていくのだろう。
誰のせいでもなく、当分は残業三昧になるだろうから。

今月は音楽に関わる行事があるわけでもなく、休みの日にはぽっかり穴が空いたような気分だ。
何年かぶりにこんな状態になったら、「時間ができたらやりたかった事」がどうでもよくなる。
人生にはそう言う時期も必要で、この機会に読み終えていない本や文献を読んだり、撮りだめしているDVDの映画でも観ながら、ゆっくりするのもいいかもしれない。

さて、前回から書いていなかったことを作業予定よりひっぱりだして書いておく。

平成20年7月31日木曜日
●19:00門仲 荒川さんと会う
スイスからほぼ1か月のバケーションで日本に帰省中の荒川さんと会った。
場所はいつものごとく、門仲の魚三で姉と3人で飲んでいたけれど、同じ座敷の宴会客がうるさくて、ほろ酔いになったところでジョナサンに場所替えをした。
荒川さんは相変わらず世界中をまわる事が多く、それぞれの国柄や人柄など話してくれた。
あいかわらず好奇心旺盛な人なので、充実した日々の話は聞いていても本当に面白かったのだ。

荒川さんは23時までに帰らないといけないし、流石に僕は次の日も仕事なので早めに店を出て、いったん僕の現在の住居を見てもらった後、駅まで見送った。
来年あたりには完成したスイスの一戸建てを訪れてみようと思っている。

平成20年8月2日土曜日
●15:00日精研
久しぶりのカウンセリングだった。
話の中心は4年間続けてきた軽井沢フォークライブのてん末と、これからの生き方の話に終始した。
詳細は割愛するけど、先生からは最後に重たい問いかけがあり終わった。
今でもそのことが頭から離れない。
かといって自分ひとりではどうにかなることでもない。

運は常に、備えを怠らなかった人に味方する。

これは今日読み終えた本商品の時代の最後の言葉。
こういう時だからこそ、仕事であれ勉強であれ今だからできることを具体的にやっていかなければ。

平成20年8月8日金曜日
●松枝と生保の話
新橋で久しぶりに松枝と飲んだ。
きっかけは僕が今加入している生保の条件を解読しもらうことだった。
結果は相談して良かった。結論は僕が思っていた目論見とはかけ離れたものだったけど、聞かなかったら一生勘違いをして資産運用を間違えるとこだった。

いろいろ話しながら、松枝の今の僕に必要なことは「やり遂げることを経験しろ」というものだった。それとカウンセリングの時に言われた重たい問いかけと同じ内容...。
偶然ではなく、それらの言葉は直近の僕の運命を示唆することになるのだろうか。

平成20年8月9日土曜日
●通院
●DVD返却(未来予想図)
●郵便受け取り(taspo)
●taspo再送手続き

そして今日は生活に必要な手続きや買出しを済ませて、このブログを書いている。
そろそろ真剣に人生の後半に対する備えを加速しなければ。

今日の写真はトリトンの14Fにある社員食堂から観えたお台場方面です。
by jun_hara | 2008-08-09 16:54 | 出来事