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お好み焼き雑考

e0027033_2164655.jpg子供の頃、僕の生まれた街である明石では、お好み焼きは駄菓子屋で食べるものだった。
それか専門店の鉄板で自分で焼くのが主流だった。
それだけでなく夕食もお好み焼きや焼きそばが当たり前のように焼かれていた。
東京では不思議がられるが、間違ってはいけないのが、おかずがお好み焼きではないということ。
そのものがメイン&おかずなのだ。
誤解を恐れずに書くと、要するにイタリアンピザと同じ感覚なのだ。

だいたい東京ではラーメンをご飯と一緒に食べる人が多いが、その神経が解らない。
炭水化物をおかずにする食バランスが不思議でならないのだ。

流石に一般に明石焼きと呼ばれている、たこ焼きは家食ではない。
これだけは市街地の店で食べる。
明石焼きこそ機材も含めると職人技の世界なのだ。
普通のたこ焼きとは違い、職人の手で焼き機材も作られている。

お好み焼きについて、NHKの朝ドラでは尾道と大阪の違いをやっているが、はたしてこの食文化の境界線は何処にあるのだろうか。
話はそれるがうどんの場合、関西は薄口醤油、東京は濃口醤油を用いるが、この分水嶺は岐阜の関ヶ原になる。
ちなみに塩分の濃度は濃口醤油より薄口醤油のほうが濃い。

さて下の地図をクリックして観て欲しい。Aマークが明石である。
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話はもどって、お好み焼き文化の分水嶺は意外にも姫路となる。
正確には揖保川なのかもしれない。
母の実家が姫路の北西にある宍粟市(旧宍粟郡)山崎町なのであるが、子供の頃、夏休みには必ずお泊まりしていたのだけど、実際に店で焼かれていた方法は尾道焼き(=広島焼き)だった。
少なくとも大阪から明石に至るまで、お好み焼きに焼きそばは入れない。
それはメニューに無いわけではなく、別名でモダン焼きというものになるが、個人的には作らない。
小麦粉の中に小麦麺を入れる感覚と言うか必要性が未だに不思議なのだ。

また、関西のソースと広島のソースも全然違う。
おたふくソースを知っているとわかるが、関西人にとって広島のそれは甘すぎるのだ。

さてそれでは大阪と明石との違いであるが、これは微妙である。
僕の体験から言うと大阪のお好み焼きは粉の濃度が高く分厚い。
所謂屋台のたこ焼きに近い加減だ。
明石側に近づくほど、柔らかくて薄くなる印象がある。
これも所謂明石焼きに近い加減だ。
面白いことに大阪と明石の中間地点である神戸ではお好み焼き文化が少ない。
勿論、長田地区など下町では店はあるにしても。
現在、三宮などで出店している千房は本店が大阪の文化進出だ。

僕の焼くお好み焼きは大学時代後半2年間に憶えたの焼き方が原点になっている。
おばちゃんが神戸の垂水出身で明石文化を熟知しているし、勿論西宮という阪神文化圏での出店なので、絶妙なバランスで生地の焼き加減がいいのだ。
大阪文化圏の出身者には、それになじめなくて、焼きそばばかり注文している奴もいたが。

レシピを詳しくは書けないけど、フライパンで焼く分には、ほぼ近い味にできるようになった。
勿論、ソースは東京で売られていないから取り寄せで、僕の場合はオリバー お好みソースをメインに少々の××で調合している。
キャベツと紅ショウガのみじん切りはフードプロセッサで作る。
細かくなりすぎないようにするのが大事。
メインの具材は豚バラ。それ以外だと冷凍物の小エビも使う。
その他イカ、タコ、牛肉などもあるが、やっぱり豚バラの薄切りが一番だと思う。
流石に、すじコンを作る余力はない。
食感に欠かせない脇役は青ネギ(東京で言う万能ネギ)、天かす、紅ショウガ。
ソースの塗り方も必ずはけを使って縁が焦げるように塗る。
味付けに欠かせないのが粉鰹、青のり。
マヨネーズはそのままだと酸っぱさが勝ってしまうのでマイルドになるよう××で調合する。
七味唐辛子は好みで、僕は使わない。
あわわ。思わず全部を書いてしまいそうになるところだった。
これくらいなら店での焼き方を見ていればわかるので大丈夫だろう。

流石に一人では食べきらないので、最近では殆どパーティーの時くらいしか焼かないが、無性に食べたくなると、作り溜めも含めて焼いてしまう。
若干火の通りが少ない状態でラップにくるんで冷凍しておくのだ。
解凍はレンジを使ってはダメで、フライパンの弱火でじっくり待つ。
そうしないと、表サクサク中トロトロにならないのだ。

この手の蘊蓄を書き出すときりがないのでこのへんで。

と言うことで今回の写真は夕食用のお好み焼きです。
by jun_hara | 2010-12-22 21:40 | 独り言

ひっちゃん


僕が物心つく頃から、学生時代に至るまでアイドル歌謡が全盛だった。
ただ、表だって誰かのファンというのはちょっと恥ずかしい時代でもあった。
そんな時代に、別に特別ファンではなかったけど、かわいくて魅力的だったと思っていたのがひっちゃんこと石川ひとみだった。

楽曲優先だった僕は太田裕美の歌のほうが好きで、石川ひとみの歌は殆ど知らなかった。
って言うか聞くに堪えないものばかりだった。

石川ひとみが学年で言えば僕の姉より1学年上ということもあったと思うけど、ファンになる対象ではなかったこともある。
そういう範疇だと太田裕美もそうだけど、こっちのヒットは僕がまだ小学生だったから。

ある意味世間の誰もが認めるカワイイというアイドルを避けていたこともある。
でも50歳を超えてこの歌唱力はたいしたものだと思うし、魅力的だ。
1981年の時よりそれを過ぎた方がこのまちぶせという唄は進化しているようにも聞こえる。

時代は変わって、今や歌詞の通りのことをすればストーカーのレッテルを貼られるだろうけど。

絶頂期にキャリアとわかっていたB型肝炎が発症し、主立った芸能活動を止めざるを得なかったけれど、それを境目にしても歌手活動を続行し、この歌唱力は絶品。

ご主人のプロデュースで作成されたWith みんなの一五一会~フォークソング編を聴いてもらってもわかると思う。

アイドル時代の彼女のシングルはこの曲以外ひどい物だったけどまちぶせだけで彼女の存在理由は十分だと思う。

そろそろ僕も音楽断食をといてもいいかと思うくらい。
by jun_hara | 2010-12-16 22:31 | music

冬の銀座

e0027033_229129.jpgこの季節、東京の街並みはツリーの電飾で鮮やかに飾られる。
歳をとったせいか、渋谷、表参道、秋葉原など、風景の一部となる群衆の派手さは鬱陶しい。
むしろちょっと落ち着いた風情を持ちながら、きらびやかでなく気品を感じられる銀座の街並みが好きだ。
買う物はないのでショッピングとは無縁だけど。
by jun_hara | 2010-12-03 22:14 | 独り言

弱点

e0027033_18535087.jpg我慢ならん!
11月は死にものぐるいで働いたせいで頭痛が治まらない。
鎮痛薬を飲んでも完全には治まらず
くしゃみが止まらなくなったり
鼻水が止まらなくなったり

またこの頭痛がやっかいで、いろんなところに転移する。
転移...悪性腫瘍?
いやいや、首より上部右側のところどころ、特に奥歯の歯茎に来るのだ。
鬱陶しいことに痛いだけなら鎮痛薬で治まるが、かゆさが伴うのだ。
なんなんだ。
いったいこの症状は何科に行けばいいんだ?

睡眠をとろうにも、この症状ですぐに目が覚めてしまう。
おかげで思考回路もまともに働かない。
睡眠が永眠になってくれればと思うほど内憂外患の毎日だ。
おー神よ。
この痛みを鎮めたまえ...。って言っても
信仰心など持ち合わせていない身では期待薄なのだ。

せめて睡眠だけは確保したいのに。
唯一ラッキーなことはこの1ヶ月で5kg体重が減ったことくらい。
でも運動やダイエットではなく食欲不振のせいだから、またいつか元に戻ってしまうのだろう。

今回の写真は玄関です。
by jun_hara | 2010-12-02 18:50 | 独り言