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母への応援歌



今回の動画は岡村孝子さんの「銀色の(髪の)少女」です。
作詞は確か...さだまさし...だったかな。
こんな愚息を含め、精一杯家族のために生きている母への応援歌として。
by jun_hara | 2012-06-29 22:10 | music

CD発売日決定



今日、CDのプレス、販売についての商談のため外苑前まで行って来た。
全国発売日及びiTunesによる世界配信日は10/12(水)に決定。
もう先延ばしはできないことになった以上
ライブ活動も含め心次第で人生が大きく変わっていく。

いろんな事務作業もあるけど、ケツが決まったので
本腰を入れないといけないのはレコ発ライブをどういった編成でやるかだろう。
そんなこともあって、メンバーの選定が急務になる。

頑張らねば。

今回の動画は岡村孝子の「Today」です。
by jun_hara | 2012-06-28 22:25 | music

アンサーソング



今回の動画は岡村孝子 名曲メドレー です。

Words & music by Jun Hara at March 27, 2004
何時かまた

雪どけのせせらぎが
また春を運んでも
あの日君がくれた
微笑みはもう見えない

ふたりして歩いてた
波の満ち引きさえも
今は記憶の中
過ぎた日々の調べ

時が行けばいつか
忘れられるのなら
もっと素直な言葉で
君を唄えるだろう

もう一度会えたとき
出会った頃のような
ときめきと戸惑いさえ
大切にしていたいね

by jun_hara | 2012-06-27 21:06 | music

今できること



土曜日の岡村孝子T's GARDENコンサート初日に行ってから、かなり彼女の唄に支えられている。
まるで達観したような歌詞とシンプルな旋律。
そしてライブではバックバンドがE.Guitar,Keyboard,E.Bass,Drumusの4人だけの音とは思えない萩田光雄さんのアレンジ。
本当に僕の場合、心が音楽で支えられている。

今回の動画は岡村孝子さん「四葉のクローバー」です。
by jun_hara | 2012-06-26 22:01 | 独り言

憧れ



今日はバブル期以来に岡村孝子さんのコンサートへ行くため千葉県松戸市にある森のホール21まで行って来ました。
気づいたのが遅かったからかもしれないけど、僕の座席は三階席の4列目。
最近の孝子さんについてはNHKに出てくる姿しか知らなかったので
本音を言えば「酒太とりしたな~」という印象で全然期待してなかったのです。
でも行って良かった。
2部構成の1部のラストソングでは4年前に他界されたお父様への唄foreverでした。
僕はこの唄は聞き覚えはあるものの知らなかったのですけど、彼女のMCを聞いた後、不覚にもこの唄が演奏されている最中には涙が止まりませんでした。
2部に入る前には気持ちを立て直して、アンコールの夢をあきらめないででは一緒に歌ってました。

リクエストコーナーでは彼女が二十歳の時に書いたデビューシングル風は海からを生で初めて聴けたし。
最高のコンサートでした。

今回の動画は孝子さんの「天使たちの時」です。
この唄はクリスマスソングで、彼女が毎年やっているChristmas Picnicのための唄だから今回はなし。
ちなみにこの唄は僕が26歳の時、姉の部屋に転がり込んで飯田橋のアルバイトへ行っていた頃の目覚ましソングでした。

兎に角この頃の孝子さんは僕にとって比類無き憧れでした。
この動画のエンディングにカメラに向かって雪を投げる時の笑顔がたまらなく好きだったのです。
by jun_hara | 2012-06-24 00:51 | music

この国の時代の転換点



この国の歴史は時代の区切りを首都がどこにあるかで定義されてきた。
勿論、平安遷都(794年)より前と明治維新(1868年)から現在に至るまでを除いたことであるが。
ここで大切なのは「なぜ遷都が行われてきたのか」「遷都の定義とは何か」ということである。
これについては堺屋太一氏が多くの書籍などで書いてきたことなので、今更僕がくどくどと書く必要はない。
一番手っ取り早い本は体制維新 大阪都 (文春新書)2011/10/31初版だろう。

明治以降に作り上げられた中央集権体制とその負の遺産である政官業の癒着について
国民は当たり前のように受け入れてきた。
しかし3.11以降、東京一極集中の崩壊は待ったなしである。
遷都の定義についてであるが、分都論や展都論などがある。
例えば、皇居や国会は京都に移し、霞ヶ関はその周辺の都市である近畿地方の県庁所在地に分けて移す。
などという構想である。

実は明治維新において首都(皇居)をどこに置くかと言うことについて意見が二分された。
大阪を首都とすることを訴えたのは大久保利通である。
結果的には江戸に遷都をすることになったが、江戸は東京と改められた。
この改名は京の東ということが語源である。
恐らくその時代の危機と錦の御旗の置き場の兼ね合いで、この名前に決まったのだろう。

1854年の開国以降、この国では神戸が植民地になったり、関税自主権のない貿易をすることになって緊急の課題は天皇をどうお守りするかだった。
太平洋戦争の敗色濃厚になった時も、これが一番の課題であり、一億総玉砕を唱えていた大本営は長野県松代に皇居も移せるよう巨大な防空壕を作ったりした。

この大儀に則るならば、今回は未だ収まらない福島第一原発からの放射能の危機である。
ただ現在の東京が崩壊するわけではない。
東京はニューヨークと同じく首都ではない経済の中心地のひとつになる。
アメリカの首都がワシントンであるようにオーストラリアなど首都と最大の経済都市が分離されている例はいくらでもある。

しかし、福島第一原発4号機が地震や津波で受けたダメージの結果、崩壊しないことが前提である。

恐らく今後の国会は既成政党である自民民主の2代政党制は無くなり、大阪維新の会を中心とした、新たな勢力が台頭するだろう。
そして遷都は関西圏を第一候補として行われることになるのだ。

ただそれは遠い未来の話ではない。
遅くとも後1~2年の話である。
それができなければこの国はギリシャやスペインどころではない負債をかかえているのだから、大げさでもなくこの世の終わりへと繋がってしまうのだ。

以下のブログを見ていただきたい。
※引用文は同ブログの内容を転記させてもらったものです。
暗黒夜考~崩壊しつつある日本を考える~
「もはや待ったなし?」 ~皇室・首都機能の京都移転論が本格化~
2012年06月06日
| Weblog
「残された時間はそう多くはないのやも知れない」
以前のエントリーにてコメントしてきたとおり、フクシマ原発事故による首都圏の放射能汚染は深刻化の一途であるが、「どれぐらいヤバイのか?」の一つの指標になるのが皇居にいる皇族の動向である。
以下の記事では、あくまでも「災害時の首都機能バックアップ」という観点で書かれているが、これが放射能汚染の深刻度合いに起因してのものであることは”言わずもがな”であろう。
秋篠宮夫妻の長女眞子さまが、今年9月からイギリスに留学するという話が出ているが、これもフクシマに起因してのものではなかろうか?との感が否めないというのが個人的見解である。
即ち、「皇居からロイヤルファミリーがいなくなったら首都圏もいよいよ一大事」であり、「待ったなし」ということである。
最後に蛇足ながら、「地方版」でしかこのような意味深いニュースを報じない読売・毎日ら大手マスゴミは相変わらずの”クズ”っぷりである。

実際、萬田銀次郎氏により投稿欄に書き込みいただくまで、小生も同記事に気がつかなかったのが正直なところであり、同投稿に感謝感謝である。

しかしながら、それと同時に、この手のニュースがこっそりと「地方版」でしか報じられないことに、政府・官僚ら一部の”エスタブリッシュメント”(特権階級)どもによる西日本への避難が現実味を帯びてきたことを感じる次第である。

(転載開始)
◆皇室や文化庁 京へ移転を 首都バックアップ検討委
 2012年5月31日 読売新聞(京都地方版)

災害時の首都機能バックアップに関する検討委員会が30日、上京区で開かれ、京都が受け持つことができる機能について、皇室の居住や文化庁の移転などとする中間報告がほぼまとまった。近く、国に提案する。

検討会は府や京都市、学識経験者らで構成。機能を受け入れるエリアとしては、京都市中心部と桂イノベーションパーク、らくなん進都、学研都市を対象としている。

検討会では、京都は首都圏と同時に被災する可能性が低く、地理的にもアクセスしやすい利便性があることを確認。その上で、京都御所や京都迎賓館があることから、皇室の人々の居住や儀礼の実施を受け入れやすいと判断した。また、文化庁や観光庁の移転、国会や首相官邸の代替施設となる可能性があるため国立京都国際会館の機能を強化することも国に提案する。

◆首都機能代替案:文化庁移転など 検討委中間まとめ /京都
 毎日新聞 5月31日(木)16時6分配信
大災害時などに府内で首都機能の一部を代替する方策を検討する府などの委員会が30日、京都市上京区で開かれ、文化庁や観光庁の移転や国立国会図書館関西館(精華町)の機能強化、リニア中央新幹線の京都ルート実現などを含む提案の中間まとめを行った。内容は府が6月に行う政府の来年度予算への提案に反映される。
 
委員会は地震学や地方行政、都市計画などの専門家9人で構成。この日の中間まとめでは、文化観光行政の東京への一極集中を是正するため文化庁と観光庁の京都移転を提案しているほか、国会図書館や国立公文書館が所有するデータの複製を進め、有事の際の資料毀損(きそん)を防ぐべきだとしている。【林哲平】

5月31日朝刊
(転載終了)

by jun_hara | 2012-06-23 09:23 | 情報

心が崩れていく前に



ショックが大きすぎて薬をのんでも眠れない。
「世界の終わりと重要な人の命のどちらを選ぶか」と求められると
やっぱり後者を選択してしまうだろう。

今はただ脱力状態なので心身ともに無理はできない。
神や仏が居るなら、今後のことについて祈るばかりだ。

今回の動画はオフコースの「あなたより大切なこと」のLiveバージョンです。
by jun_hara | 2012-06-21 03:38 | 独り言

時を渡る舟にオールはない



今回の動画は薬師丸ひろ子の「Woman "Wの悲劇"より」です。
作詞: 松本隆 、作曲: 呉田軽穂 、編曲: 松任谷正隆

僕に松本隆ほどの作詞力があったら...。
いや、そんな物理的に無理なことは望まない。
今後の曲作りにおいて作詞家を見つけられるように、眼をこらすことが肝要なんだ。

ちなみに薬師丸ひろ子はP太郎の同級生で、昨年(一昨年?)の同窓会にも会話したそうです。

P太郎が言われたのは「太ったわね~。」らしい。
恐らく僕に同窓会の話があって誰かに会っても、そう思われるだろうな。
P太郎がうちに来て、写真を物色して僕が30代の時のものを観て「これ誰?」って聞くくらいだからね。
by jun_hara | 2012-06-17 21:07 | music

内憂外患



この歳になれば一つや二つの傷や翳りははあるものさ

これは僕の「女友達」という発売予定のアルバム収録曲の歌詞の一部。
確かにこの歳になると、結婚式よりも葬式や老齢化に伴う傷害の話などのほうが多くなってくる。
僕の父母は8人兄弟7人兄弟の下のほうなのでなおさらだ。

現状はタイトル通りの状態。
でもこんな時こそ過去の充実した思い出を掘り起こすことで精神状態を平静に保つことができる。

そういうことで今回の動画は出演依頼を受けた結婚式などギターorピアノで弾き語ってきた時
一番多く唄ってきたチューリップの「青春の影」を選んだ。

思いつく限りでは
・かつての職場の同僚だった近藤の結婚式。場所は群馬県館林で県内随一の結婚式場。with A.Piano
・六本木神谷町のホテルオークラで行われた松枝の結婚式。 with A.Guitar
・従姉妹のしのぶの結婚式。場所は母の実家があった兵庫県山崎町(現宍粟市)の結婚式場。 with A.Guitar
・日本橋水天宮のロイヤルパークホテルで行われた荒川さんの結婚式。 with A.Guitar
・かつての職場の同僚だった祐子ちゃんの結婚式。場所は目黒雅叙園。 with A.Guitar
などなど。

一番記憶に残っているのは1995年3月に行われた松枝の結婚式。
本来、仲人になるはずだった僕らのゼミの教授である今は亡き田中國夫先生が
阪神大震災により新築した神戸市東灘区御影の家において直撃を受けて来られなかった時。

その前年、先生と電話で話した時に
「松枝がなあ。あの超一流のホテルオークラで結婚式やるんやで。」
と、ご満悦だった事を憶えている。誰にも言ってなかったけど。勿論、松枝にも。

先生だけではない。
昨年4月に他界したゼミの同窓生のみっちゃん(山本光宏)も来なかった。
要するに松枝が招待した学生時代の友人は彼が副主将をやっていたボート部の連中以外おらず
僕の知人は誰一人いなかったのだ。
それはともかく、こういったイベントでは司会者以上に演出に関して心配のない田中先生がいらっしゃらないこともあって
結果的に格式張った面白くもない進行の最後に頼まれたMC&出演だった。
僕は演奏の後、同席のボート部の連中と算段して、
最後に松枝も含め肩を組んで、進行表にはない母校・関西学院大学校歌「空の翼」を歌った。

式終了後、現場を担当していたホテルオークラの方が
僕が引き上げる途中の廊下まで息を切らせて駆け寄ってきて
「本日は本当にありがとうございました。
お陰様で最後に盛り上がることになり...。」
と5秒以上お辞儀をされたことがあった。
これほど出演者冥利なことはない。

当時、僕はIBMの子会社立ち上げに関わっていたが、それもうまく進まなかったり
地元も震災に巻き込まれたりしたことなどもあって
精神的に余裕がなかったのだけど
このような出演の時は「どうやったら列席の方々に満足していただけるか」について結果を残してきた。
不思議だけど殆ど神がかっていると言うか、
どんな精神状態でも僕はこのような儀式でのライブでは演奏演技に関して妥協がなかったのだ。

年齢的に恐らく、もう友人や親戚の結婚式などで唄うことを依頼されることはないかもしれない。
でも音楽だけは何があっても心に秘めている夢の実現として諦めてはいない。
たとえ肉親の死に際と舞台とが重なっても、迷わず舞台を選ぶくらい。
少なくとも今は。
by jun_hara | 2012-06-15 22:48 | 独り言

人事を尽くす



タイトル通りできているのだろうか。

今回の動画はオフコースの「言葉にできない」です。
by jun_hara | 2012-06-13 23:24 | 独り言