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ソウル旅行

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10月27日日曜日~10月29日火曜日は急遽ソウルぶらり旅をしてきました。
アシアナ航空の機内食は噂に違わず旨かったです。
もうすっかりマッコリにもはまってしまいました。
焼き肉も石焼きビビンバもデパ地下の総菜も想像以上に旨かったです。
詳しくは後日!
また行きたいな。

今回の写真は台風一過の後、離陸時にクッキリ見えた富士山です。
by jun_hara | 2013-10-30 22:59 |

バス旅

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台風が近づく中旬の楽しみ盛りだくさん!秋風そよぐ♪初秋の味覚祭ミステリー
とあるところに行ってきました。
ミステリーツアーなので行先はネタバレになるので書きません。
でも見事に台風を避けて帰ってこれました。
by jun_hara | 2013-10-25 21:29 |

空想癖

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これまでの事を本に書いて
いっぱい稼いで
評判がよくなって
全国からセミナーの依頼が殺到して
美味しい物をいっぱい頂いて
稼いでいる自分を想像しています。
by jun_hara | 2013-10-23 03:00 | 独り言

良書



[図解]一目でわかる! 世界経済地図は簡潔かつ納得のいく内容だった。
BRICsは有名であるがVISTA,ネクスト11,MENA,VIPなど今後の新興国グループがどういったものか的確に理解できる。
これから海外投資を始めようとしている方には大変参考となる本である。
by jun_hara | 2013-10-21 20:41 | 情報

水谷マジック



今日はあきゆみこのメインボーカル収録、ミックスダウン、マスタリングのため吉祥寺スタジオ・レダまで行ってきました。
4曲収録に11時開始で完了した時には18時をまわってました。

いつも通りアキユミちゃんは緊張状態のままボーカルをしたため、かなりの苦戦状況に。
まーこれはレコーディング初体験の場合、避けては通れない道なのです。

限界までテイクを重ねた後、水谷さんによる補正マジックの登場。
まるで初音ミクを操るがごとくあれよあれよとピッチが補正されていきます。
この手さばきにはアキユミちゃんも「じぇじぇじぇ!」状態。

それにしても水谷さんのアーティストに接する物腰には敬服します。
超一流のエンジニアだからかもしれませんが、
決して高圧的にはならずアーティストの要望以上のものを引き出していくのです。

その後、ミックスダウンが始まり、各トラックの音に命が吹き込まれていきました。
そしてマスタリング。
水谷さんはミックスダウン段階でおおよそのマスタリングは終えているので、ほぼ曲間だけの調整。
最終的にマスターCDが完成するにはISRCコードの取得が完了し
メールにて水谷さんに連絡しCDに埋め込んでもらいます。

ちなみにISRCコードの申請には曲長を入力しなければいけないので
ミックスダウンが終わらないとできないのです。
実は昨年、自身のCD作成の際、ISRC申請を先走ってミックス前にやってしまったため
曲長が14秒以上ずれてしまい
再申請が必要だったという苦い経験をしていたのです。

最後に営業用とISRCコード申請用のために持参したCD-R2枚に音源を焼いてもらい
レコーディングデータは僕のUSBメモリに入れてもらって帰路につきました。

帰宅したらブートロックの岡野さんからメールにてCDジャケットデザイン用の規格データ(テンプレート)が届いていました。
これで10月26日土曜日のCDジャケットデザインができます。

発売は来年3月予定なのでプロモーションビデオ作成にもじっくり取りかかってみます。

それにしても今回の動画ですが、別にAKBのファンではなく、
唄とダンスの完成度がすばらしいので埋め込んでみました。
アレンジについてはアース・ウィンド・アンド・ファイアーとモー娘のLOVEマシーンをパクったようにも聴こえるかな。
でも大島優子はかわいいかも。
by jun_hara | 2013-10-20 21:49 | 出来事

陽だまりの彼女



久しぶりにレイトショーで陽だまりの彼女を予約して、109シネマズ木場まで行ってきた。

ストーリーは兎も角、主演の二人が適役。
特に、上野樹里はやっぱり、こういう役がよく似合う。
とても加古川出身だと思えない。

いつか播磨弁で演じる姿を見てみたいものだ。
by jun_hara | 2013-10-19 07:11 | 映画

類は友を呼ぶ



大阪都構想の盲点

まるで昔話のようなタイトルになったけど、度々このブログで書いているように、本当の地方分権が実現されなければ2020年以降
日本=東京だけ
となってしまい、地方の生活は行き場を失うことになる。

2011/10/31に橋下大阪市長が大阪都構想を持ち出し、かの堺屋太一さんまでが同調したことは記憶に新しい。
現にこの国の歴史区分はその時の首都がどこであったかによって区切られてきた。
江戸時代を含む武家政権の時代は全て京(京都)が都であったが、幕府の所在地により時代が区切られた。

堺屋さんとしてはこの構想以前から遷都論者であったから、大阪にも分都であれ、実現した場合
国史学に残る転換点として賛同したのであろう。

話はそれるが、明治維新において首都が江戸(東京)になったのは1868年の「王政復古の大号令」に伴う、1869年の天皇の引っ越しだった。
これにより江戸は東京と改名された。
※実は東京遷都は公式に発せられたことがない。
実は、新政府の筆頭であった大久保利通は最初「首都は大阪にすべし」と主張していた。
しかしながら、当時の外圧が大きい情勢と地政学の観点から、これは却下された。
ただ、この時点においても大阪は米相場の中心であり天下の台所であった。
要するにアメリカであればニューヨークと同じ地位にあったのだ。

いずれにしても遷都において一番危機感を募ったのが八重の桜で放映されたように京都だった。
御所が京(京都)からなくなるという危機感から万国博覧会や琵琶湖からの疎水とそれに連動する水力発電など、あらゆる計画によって京都の地盤追加を阻止してきたのだ。

話は元に戻して、僕の立場で望むべくは政経分離により道州制を基軸とした分都論である。
とどのつまりは、国会議事堂は東京にあろうが、4年毎に所在地を変えようがかまわない。
少なくとも、道州制に伴う主要都市とはどこかを法的に定義し、経済特区や法人税などの優遇税制によって
本社は必ずしも東京である必要はないと定めてしまえばいいのだ。
これができるのは立法府である国会にしかできない。
つまりはそれを選ぶ国民にゆだねられている訳である。

それでは何故、「大阪都構想が夢幻となりつつあるのか」については至極簡単な答えであるが
霞ヶ関と財界の論理からすると既得権益がなくなるからである。
前者は言うまでもないだろう。

問題は後者なのである。
財界において未だ決定権を持つ業界団体の長にとっては隠したい近年の歴史がある。
要するに、高度成長期と1990年前後のバブル期において、多くの企業が大阪に本社を置いていたものを東京に移転したのだ。
具体例を挙げれば、新聞では朝日,毎日,読売は大阪発祥である。
その名残として系列の放送局である朝日放送,毎日放送,読売テレビは今でも大阪である。

銀行や商社においても住友,三和(現東京三菱UFJ)、伊藤忠を始めとする多くの企業が東京・大阪の2大本社を構えていた。
もっと分かり易いところでは日用品メーカーのライオンや花王でさえそうだった。
※僕の学生時代の就職第一志望は花王でした。詳しくはいずれまた。
しかしこれらも、バブル期に東京本社へと一元化された。

これらのことは土地神話があったからだけではない。
一番の理由は当時の情報処理技術において、中央官庁からみても物理的距離が近い方が都合がよかったからである。
今のようなWebはなく、大型汎用機による、1極集中型のコンピュータシステムが当たり前だったのだ。
システム運用については遠距離でも可能であったが、開発については物理的距離が近くなければ成り立たなかった。
これは今でもあまり変わっていない。
安価な労働者を求めてオフシュアによるプログラミングの海外発注が盛んに行われたが
僕の知る限り9割方失敗に終わり、日本で出戻り開発をするはめになっている。
※これについれはいずれまた。

東京1極集中は最近のこと


歴史的には江戸が100万人都市になってからと思われがちであるが、江戸が経済及び文化の中心都市になったのは、江戸時代後期の文化文政時代である。
もっと分かり易い表現をすれば徳川将軍は15代続いたのであるが、文化文政時代は11代将軍徳川家斉の時であり
初めて江戸が文化的にも経済的にも中心都市となったのは幕末直前だったことになる。
今では江戸の食文化を象徴する、江戸前握り寿司・天ぷら・鰻丼も、この時代に濃い口醤油が流通した後に生まれたものである。
※1700年以前の5代徳川綱吉...元禄時代の文化の中心は全て大阪のものである。

もっと錯覚しやすいのは、東京が中央集権体制の上に確立したのは近年に入ってからであり、
実際に政経ともに東京一極集中が到来したのはバブル期に至ってからということになる。

それでは戦後、大阪から天下の台所とまで言われた経済機能がどうして去っていったのだろうか。
これは戦後史に関わることで...
敗戦後の治安維持は警察だけではまかないきれず、ヤクザに肩代わりをしなければ成り立たなかったという事情があった。
焼け野原になった都市での縄張り争いは国や警察だけでは統制できなかったのだ。
経済復興をした後、これらは中央官庁にとって、取り消したい過去であった。
しかしそれを実現するには、神戸などに本拠地を置く『ヤクザの都』から物理的に切り離す必要があった。
そこで計画されたのが財界(主要企業)の東京移転であったわけだ。

神戸とその周辺について

もう他界しているので、僕が得たこの情報源は明かしても良いだろう。
僕が学生時代のゼミの恩師であった田中國夫氏から直接聞いた話である。
恩師は僕が在学中も神戸市長のブレーン(はっきり言えば黒幕)であった。
もっと遡れば、兵庫県知事として推薦されたことがあった。
それを断念した理由は前兵庫県県警のトップと言う自民党からの推薦を受けて立候補した人があったからだ。

実際に恩師が神戸市長のブレーンの頃、神戸市は明石海峡をすっぽり陣取った明石市を神戸市に吸収合併する案を市長・市議会の有力者に打診していた。
恩師自身が明石の西隣である加古川出身であることからも、早くから明石の地の利をわかっていたはずである。
※ちなみに恩師の元実家は昨年他界した我が父と同村である。
しかし、柿ノ本人麻呂所縁の地であり、源氏物語でも舞台となり、元松平家城下町という歴史や
海産物の恵みとそのブランドもあってか
明石市民からの猛反発にあってこれは断念されたらしい。
この話は3回生の夏、徳島の阿波踊りからの帰路、フェリーの中で僕だけに話してくれた。
事実、たまたま僕が卒業後の仕事で議事録録音の担当として直に聴いた兵庫会議(兵庫県の財界、学会、有識者による兵庫公館と宝塚ホテルで行われた会議)においては、
観光資源をもっている明石市は内需拡大とバブル前夜という事情もともって、それを生かし切っていない市の担当者に集中砲火が浴びせられた。
今となっては世界最大の明石海峡大橋や阪神大震災後に整備された大蔵海岸公園などは、それらを具現化した形になっているが。

関西=大阪ではない

何故、ここで明石の話を出したかと言えば、主立った歴史のない首都圏と比べ、関西...とりわけ畿内といわれた地方においては、決して大阪を良しとはしていないのが現実で、
特に京都・神戸においては「大阪と一緒にしてほしくない」という歴史的文化的反論がある。
勿論、僕も例外ではない。
だいたい、甲子園が大阪ではなく兵家県西宮市という、少なくとも道頓堀とはまったく関係のない場所にあるのにも関わらず、1985年に阪神タイガースが優勝した時に、
道頓堀へ飛び込む連中のニュースが全国に流れたことには違和感をぬぐえなかった。

要するにこんな地方人でもそう感じるくらい関西には「大阪が中央であることに、良しとしない」歴史的文化的伝統それに、風土がある。

東京では、田園調布という大田区にある地域が最上級の住宅街であるとされているが、
関西においてはそれは決して大阪ではない。
兵庫県芦屋市の六麓荘という山手地域である。
足を運んでみれば解るが、田園調布など比べものにならないくらい、
庶民を見下ろす六甲山山麓にあり、一住居の規模も邸宅という以上の『城』である。
ここに住む財界人には公共交通機関は不要である。
要するにお抱え運転手がいれば市街地への移動も30分以内ですむため、バスさえも拒絶している。
ましてやその住人が通勤ラッシュの時刻に通勤通学するはずもない。
子供たちが通学するのに必要な学校でさえ微々たる金で作ってしまっている。
甲南大学・甲南女子大学・松蔭女子大学・神戸女学院大学、それに僕の母校でもある関西学院大学さえも、この地域からタクシーで通える距離に林立しているのだ。
勿論それに付随する高等部や中等部、それに関西学院大学が清和大学を併合してできた初等部(小学校)などもある。

これらの人達にとって労働集約がなされる首都は東京であろうが関西であろうがどうでもいいことなのだ。
関西の地盤沈下の被害を被っている市民はこれらの人ではなく、中小企業に関わる人達であって、ブルジョワではない。
この力学を理解せずに大阪都構想構想を持ち出されても、この国のロビーストである財界人にとっては、はなはだ迷惑な発想に他ならない。

この事は26歳で東京に移住した僕にとっては、冷めた目で見ざるを得なかった。
ただ、今後20年を視野におくと首都機能移転は必須と考えている。
正確に言えば、中央官庁は東京でもかまわない。
規制緩和さえされれば。
しかし経済的機能の分散化なくして、この国の再生はあり得ない。

なぜ分都が必要か

リニアモーターカーなど待たなくとも、福島第1が及ぼす危険性は東京では対処しきれない。
かといって、黄砂とともにやってくる中国からのpm2.5を含む大気汚染は、
大阪湾と瀬戸内海を望む明石海峡から観れば淡路島が煤けて見える状態から尋常ではない。
要するに、温暖化によって亜熱帯化している国土から観ても、北海道を含め、経済拠点は過去の歴史に縛られず、分散化すべきなのだ。

代議士が地方の代表であるなら、地方交付税の陳情役を脱して、これらのことを法案化し
首都経済機能の移転と、それに伴う規制緩和を進言すべきだろう。
地方公共団体はくまモンとひこにゃんが成功したからと言って、それを前例とした無駄な出費は慎むべきである。
くまモンとひこにゃんの成功にはそれなりの戦略とオリジナリティがあってのことだ。
おっと話があらぬ方向に...

東京オリンピックにうつつを抜かす横で

これらのことを一番冷静に観ているのはP&Gやネスレなど日本法人を置く多国籍企業だろう。
この2社はいずれも現在神戸市に本社を置いている。
前者は僕が初めて就職した会社であり、その頃l本社は大阪市の淀屋橋にあった。
当時同社のトップであったYさんに会食へ招かれた時
「どうしてP&Gという世界有数のメーカーが東京に支社さえ置かないのですか?」
と尋ねたことがある。
この質問というか疑問を持ちかけたことにY氏は至極満足されて、率直に答えてもらったのは未だ記憶に新しい。
「原君。いい質問だね。
 P&Gのアメリカ本社はオハイオ州シンシナティ市であることは知っているよね。
 決してワシントンやニューヨークではない。
 ましてやワシントンやニューヨークへ行くにしても飛行機で行けば半日ともかからない。
 それでは東京と大阪だとどうだろう。
 飛行機だと1時間もかからない。
 新幹線でも3時間ですむ。
 それなら、住環境がいいほうを選んだと言うわけだよ。」
とのこと。
要するに通勤する従業員への配慮もあったわけである。

それに、僕が所属していた販売本部...要するに営業にとっては
出社の必要はなく客先への直行直帰だった。
出社は1週間に1度あれば良い方で
その日の報告は、当時郵送にて日報と領収書をポストに投函する。
営業用の車と車庫、それに住居は全て会社が用意してくれる。
車については自家用車でもよく、ガソリン代などの諸経費は全て申請すれば無審査で会社が負担してくれる。
これにより住居についても駅前の必要はなく、どんなマンションでも申請すれば無審査で会社が負担してくれる。
そのかわりに、競合他社が1日4社しか訪問できないところを7社訪問できるだろうとのこと。
それに、広いマンションはサンプル商品などの段ボールが届いても困らないといった合理性に基づいての話だ。

今、そのY氏が取り仕切っていたP&Gであるかは解らない。
これは4半世紀前の話である。
しかし、これらの企業風土は変わっていないだろう。
ただ、良い側面だけではない。
僕が入社した時には丁度ビックスドロップをM&Aで吸収合併した時だった。
研修の際にビックスドロップの元人事担当者が窓際に追いやられたことは鮮明に覚えている。
今や市場価値が薄くなったビックスドロップは大正製薬に払い下げられている。
この国での多国籍企業の合理性は日本企業にしか在籍しなかった者には想像を絶するほどシビアである。
ましてや能力主義は当たり前で、そこではトップダウンに従えないものは容赦なくレイオフする。
日本的な中間管理職には発言権はない。
有能なら頭越しに進言できる。
しかし、左遷となったら国内の保証もない。

僕がP&G日本法人の第1期幹部候補生として優遇され、その中でも特別扱してもらったのもY氏のお気に入りだったからである。
就職活動期、僕は花王の最終面談まで勝ち残り、その合間に下宿の友人からパンフレットを見せられて応募した。
恐らく僕のゼミのことも調査済みだっただろう。
大半の学生がバブル前の金融業へ殺到する中、製造業とそれをささえる流通と宣伝に革命を起こした花王を第1志望としていた者は殆どいなかったのもある...
これまた詳しくはいずれ。

3ヶ月で退社した理由はプライバシーに関わるので書かないが、
日本法人P&Gは今や国にさえ発言権を持つロビーストにまで成長した。
もしY氏が今でも現役であったなら、東京の住環境の酷さと通勤地獄を本社に持ち込んだだろうか。
答えは小学生にもわかるだろう。

本当の個人主義の必要性

兎に角、この国の従来の歴史や伝統に縛られた発想では、首都機能移転など不可能なのだ。
それを一番望まないのは皮肉なことに、この国民の選択なのである。
ポピュリズムやセンセーショナリズムを市場とする東京発のマスコミ報道を鵜呑みにしてはいけない。
情報収集がマスコミだけでなくネットなどでも手に入る今
個々人が情報を多様なフィルターを通して収集し、複眼的に判断しなければ、
都合が良い未来など手に入るはずもないのだ。

かく言う僕も今になって、具体的にこれらをどうやれば自分にとって
「都合がいい未来になるか」が見え始めたところで
まさかそれをここで公言するほど馬鹿でもない。
大切なことは不都合な現実に落胆している暇があるなら
ちゃんと足を使って耳をかっぽじって
客観的な情報を能動的に収集、かつ、咀嚼し
内観的に自己とどう結びつくかを見極め
主観的に判断し現実的な行動をするだけである。

自己憐憫や社会批判にうつつを抜かしているほど人生は長くはないのだ。

以前書いた学生時代に聞いた友人の言葉をもう一度記す。

批評批判は誰にでもできる。
大切なのはその先に現実的で未来志向の提案を出すことである。

by jun_hara | 2013-10-19 05:13 | 独り言

台風一過



今日の東京はすっかり秋の空でした。
できればオフィスを飛び出して、旅にでたいくらい。
まー今月を乗り切れば、毎年の草津に行くから、
それまでは我慢、我慢。
by jun_hara | 2013-10-18 00:29 | 独り言

雨の街を



台風が接近する中、アキユミちゃんの流通交渉のため、一年ぶりに外苑前のブートロックまで行ってきました。
さすがに今日は早く帰宅するにかぎります。
アキユミちゃんは無事に田舎の家までたどり着けたのだろうか。

さて、メインボーカル収録、ミックスダウン、マスタリングは10/20(日)に吉祥寺のスタジオ・レダにて一日がかりです。
といっても僕は後ろで聴いているだけですけどね。

全国発売は来年の2月か3月の予定。
後はCDパッケージのデザインとか、営業戦略とか、かな。
ない知恵を絞ってみます。

それにしても明日、出勤大丈夫か。
なんなら電車は早めに不通を知らせてね。
by jun_hara | 2013-10-15 20:22 | 出来事

我が輩は猫になりたい



先日、まめぶ汁を食べに護国寺にお泊まりした時の話。
生まれ変わったら何になりたいか。
二匹の猫がのんびりしている部屋で
「僕はこいつらになりたい。
 でも犬は絶対いや。
 人間も絶対いや。
 猫になりたい。」
と言った。

「首輪を付けられて縛られたくないし。
人間みたいに金や汗をかくことにあくせくしたくない。」
と。

そう言えば護国寺の家族が何があってものんびり見えるのは
猫と一緒だからだろうか。
部屋も空いているし引っ越ししようかな。

ちなみに体中に汗腺がある生物はヒトだけである。
サルでさえそれはない。
ヒトが人類と呼ばれ地球中に生息できるようになったのも
この汗腺があって体温調整が可能であったから。
寒い地域では火を発見したこともあり、降雪地帯でも生きられるようになった。
それとは引き替えに、人間には恥とか誇りとかプライドとか言って
他の動物には必要のない人心を背負うことになる。

結果的に今に至って、国境という動物には関係のない線を引いて
同朋を殺さなければ生きていけないと言う
最悪、かつ、引き返せない道を歩み続けている。

見えない明日は来なくていい

「今さえよければ
今幸せなら」
どうしてそんなこと思っていたの?


相反するこの歌詞が今は凄く身にしみる。

休日出勤から帰ってきて酒を煽った勢いで書いた愚痴でした。マル!
by jun_hara | 2013-10-12 23:44