<   2014年 06月 ( 5 )   > この月の画像一覧

軍師の条件



大河ドラマ軍師官兵衛も、とうとう折り返し点になった。
おおよそこれまでの天下統一をなしてきた織豊政権までの話がメインテーマになっている時は
ここらあたりが一番力を入れた見どころになる。
要するに「本能寺の変~中国大返し~山崎の合戦」である。

僕の生まれ育った明石市は登場しないけど、
前半は、父の故郷である加古川市、そして姫路市を挟んで、母の故郷である宍粟市と言った
一地方だけの人しかわからない、昔の国名の播磨が舞台だった。

今回の時代考証が小和田哲男さんだからだろうけど、
明らかに前半の話は専門家や僕のように生まれ育った場所でもないかぎり
地政学的な面白さにまでイメージできないだろうと言った展開だった。

そもそも黒田官兵衛の出身については姫路説や黒田庄説など、いろんな説があり
国史学の表舞台に登場するのは、次回の備中高松城水攻めである。
この水攻めの最中に起こったのが前述の一番の見どころとなる。

秀吉の軍師として黒田官兵衛がやってきたことは「如何にして戦わずに勝つか。」
現代で言えば「戦争やテロではなく、調略や交渉にて決着どころをどうするか。」の一点にある。

これは黒田官兵衛(後の黒田如水)が父として嫡男の黒田長政に
どういった背中を見せてきたかが重要で
最後は大分県中津城の築城から始まり
「もう一つの関ヶ原」と呼ばれる島津家との合戦を経て
博多の都市計画実行を長政に託すまでの経緯が見どころになると思うが
多分、そこまでの話は長すぎるから、
天下統一の最後の戦である小田原城兵糧攻めまでしかできないだろう。

誤解されやすいけど、官兵衛が竹中半兵衛から引き継いだ軍師の条件とは
今で言う防衛省ではなく外務省の役割に近いのだ。
by jun_hara | 2014-06-29 23:12 | 独り言

パラダイムシフト



W杯の盛り上がりについて
良くも悪くも日本人が今でも継承している遺伝子を一言で書けば
「村社会」に尽きる。

これが国レベルになると「愛国心」になるのだろうけど
戦後、この言葉を嫌悪していたはずの人も
五輪やW杯が始まると、そんな心がむずむずと現れてくるのだろう。

この「村」と言う概念は形を変えて
学生なら「クラス」「ゼミ」「クラブ」「同好会などのサークル」とか。
社会人なら「会社」「宗教団体」「地域コミュニティ」とか。
勿論、「家族」という概念が一番の土台として。

ネットがなかった時代ではマスメディアの情報を共有することで
これらのコミュニティの会話が成り立っていた。
しかしマスメディアが凋落しネットが当たり前になった今
徐々にではあるがSNSなどがその代わりを担っている。

要するに日本人は自分に心地いい集団に安定して、かつ、出来るだけ長く紛れていないと極度の恐怖感を感じる。
そして、変化を望まない現状維持と社会的規範が幸福感の土台になっている。
いずれにしても形を変えて
集団に属していないと個人のアイデンティティが不確かになり
健常な生き方が出来ないのが、この民族の特徴である。

「村社会」文化の特徴について
良い意味では、集団の結束力であるが
悪い意味では、「村八分」と言う言葉が妥当なように
排除の力を含んでいる。

今、こういった日本の文化的傾向に伴い、
排除されている人達について「ひきこもり」と言う社会問題が加速度を上げている。
恐らく「育児放棄」もこの問題に属するだろう。

実はこの問題は日本特有で、個人主義が当たり前な欧米では理解し難いものなのだ。

戦後70年を経て、居住地の移動も難しくはなくなったけど
つい40年前までは「終身雇用」「年功序列」「タテ社会」「親方日の丸」が当たり前で
部落差別問題なども厳然として存在していた。
僕が大学で就活していた時代には、縁故が過半数に属し
先進的なはずの街であった神戸さえ、
老舗会社では女子大生は自宅通勤でなければ書類審査で排除されていたくらい保守的な土壌だった。

結論を書けば
この国では「他者との比較によって個人のアイデンティティを安定させ、幸福度の基準になっている」と言った時代は今も続いている。
そして地政学的な土壌の歴史的現実も含め
個々人が一番怖いのは「他者の眼」や「異論」であり、「個人的価値観」ではない。
こんな時代に試されているのが
「個人主義をどう受け入れていくべきか」と言うことだ。

かつて欧米が移民の受け入れにより国家を安定させたように
日本も移民受け入れなしでは、経済的安定を望めない。
今、個々人がこのパラダイムシフトを覚悟して生きねばならない時代に突入している。
それが理解できなければこの変化の激しい時代に生き残れないだろう。
by jun_hara | 2014-06-29 00:16 | 独り言

認知的不協和の結果が意味するもの



えっと...タイトルについては心理学用語なので気にしないで下さい。

さて、現在のプロジェクトは今月いっぱいで脱出。
久しぶりに清々しい気持ちである。
と言うのも、社名は書けないが、僕が持っている携帯のauが圏外の状態から脱出できるからである。
まったくせこい商売と言うか、兄弟関係の携帯電話会社の電波以外は遮蔽されているのだ。
驚くべきことにこれは山手線のど真ん中の話なのだ。

今年は9月8日で父が他界して3回忌になる。
記憶にも鮮明だが、半年も経たず急変していく当時の父の容体について
逐一母や姉から入る電話やショートメールなどの情報が命綱のようだった。

現在、母はひどくはないが杖が必要な足の状態で一人暮らしである。
この状態(圏外)では平常心で仕事を続けるには限界だった。
今までネットは仕事柄セキュリティ上、使いにくいなど不便なことは何度もあったが
前述したように東京の、
しかも山手線の内側で携帯が圏外になるとは思いもしなかった。
それも今月で終わる。
まるで刑務所からシャバに出たような気分と書けば解り易いだろう。

まー正直、社名は書かなくとも、元公社の子会社だとわかれば業界人ならピンとくるはず。

この会社...
プロジェクト開始時にキックオフの名のもと、飲み会があったのだけど
場所と時間は告げられていたものの、会費についてメールの1本もなかった。
太っ腹な会社と思いきや、締めのタイミングで「一人5,000円を出してください」との事!
この時点で、幹事である元受会社の正社員の世間ずれした金銭感覚に驚愕したのだ。
要するに如何に親方日の丸でやってきた会社組織の連中が非常識なジョーシキの持ち主かがわかった瞬間だった。

僕はこの時から、与えられた仕事は兎も角、
さっさと立ち去るべき手段をこうじないとと思っていた。

貧富の格差がアベノミクスの歪んだニュースで掻き消される中
理不尽なブラック企業も、こんなところから諸悪の根源になって連動している。

デモや署名では決して変えることのできない、この国の未来に対して
首都圏のこの業界で能天気に子煩悩と言うか親バカな姿を露わにする若い連中が知るべき事は
このままの国際情勢と国内政治のままでは、
20年後には太平洋戦争以上の不都合な真実が今の子供達を直撃すると言うことだろう。

確かに、それに気づいている人達は首都圏の僕の知人でも少なからずいるにはいる。
しかしミルトン・フリードマンが提唱した圧倒的な新自由主義の状態にある競争世界になってしまっている以上
既得権益の恩恵をこうむっている人達には理解できるはずがない。
いや、まるでフランス革命前夜のマリー・アントワネットの如く平和ボケしている。

そう言った(古い言い方をすれば)プチブルな人達が、この格差を助長し
サイレント・プアの存在にも気付かず、フツーのように能天気な日常をおくっているのだ。
これが自ら血も流さす(幻想の)民主主義を手に入れたこの国の現実であっても不思議ではない。
別に血など見たくはないけど。

新聞の購読率が圧倒的に低下し、情報はWebから無料で手に入ると思っている世代と
新聞を含むマスコミの情報を鵜呑みにしている世代がカオスのように共存している以上
これ程、右傾化する今の政治家連中が一般市民を手玉に取るに都合がいいことはないだろう。

それは仕方ない事だろうか。
少なくとも僕らの世代はイディオロギーとは無縁で生活が出来てきた。
勿論、僕もイディオロギーなどある訳もないし、無宗教であるから歪んだ集団による活動など無理してする気はない。
ましてや僕には子供はいない、と言うか、それを拒んできたから心配する必要がないかもしれない。

ただ社会学を専攻し
この国の歴史と集団心理の構造を学び続けてきた身としては
来し方行く末について「観えるものを観える」と非力でも言いたいことだらけなのだ。

今読んでいるひきこもり考に書かれているこの国特有の社会問題や、
この国の年間自殺者数が3万人を超えるのが当たり前の状態なのに、
それらについて深くも研究せず、
日常に忙殺され続けるしかない状況では
イラクなどの中東問題やウクライナを取り巻くロシア情勢、
それに尖閣諸島を含む中国の領海などの紛争に時間を割いている情報だけでは
今の自民党1党独裁状態の中で、マジョリティーが気づきもせず
着々と進められている法改正について
どんな未来が待っているかなど
一人一人の意思決定があらぬ方向を向いても不思議ではない。

要するに投票の動機づけに「人柄がいいから」などというチャンチャラおかしい理由で
政権が入れ替わる小選挙区制度は元々破綻への道に過ぎなかったのだ。

このままでは「いつか来た道」どころか、
それ以上に過酷な人生を突きつけられる20年後には
今の子供達の地獄絵のような未来は回避できないだろう。

それでも、こんな情勢の中
今は無力な個人であるが、
この年齢に達して何が出来るのだろうと暗中模索する毎日である。

忙しさを言い訳にせず、もっと学ばねば。

うーん...
なんか日常の鬱憤が大きな話になってしまったなあ。
by jun_hara | 2014-06-26 23:57 | 独り言

セラピスト



最相葉月氏著セラピストをやっと読み終えた。
現在の仕事であるシステム開発とは全く別の世界の内容なので、読書できる時間は帰りの電車の中だけだったし、
小説のように流し読みできる内容ではなく
一言一句読み違えないようにしなければならなかったから致し方ない。

今回読破してみてわかったのは、長い間、臨床心理学の本を読まなかったこともあり、時代の変遷と共に、セラピストを取り巻く環境も変わってきている事だった。
河合隼雄氏が日本に持ち帰った箱庭療法中井久夫氏が提唱した風景構成法などは、時間のかかる心理療法なので、現状では認知行動療法がもてはやされている事や、
時代の変化、特にネットの普及などに伴う、人間関係や環境の変化により、症例の流行の推移が変わってきていることなど、今のセラピストが抱える問題が浮き彫りになっている。

また良し悪しは兎も角、急速な少子高齢化により、大学経営は大変なのに、心理学科を設けると受験者数が増えているらしい事などにも驚かされた。
僕も若い頃はそうだったが「心理学」と「心とは何か」の違いが理解できているとは思わないが。
少なくとも「心理学」=「読心術」ではない。

僕が学生だった時代には臨床心理士などと言う資格認定試験はなかったし、この分野を扱うのは精神科医の世界だけだった。
それではセラピストのかわりは何だったのかと言えば、要するに宗教団体である。
※これについては短く書けないので割愛する。

そもそも僕が「心」と言うものについて、始めて読んだのは1984年で、フロイト派の精神分析学者である故・小此木圭吾氏の自己愛人間だった。
確かに興味深い入口だったけど、精神分析学は基本的に因果律を軸とした医学に属する。

大学2回生の9月から半年、不登校児の家庭教師などをしたことがあったのだが、残念ながらこれは失敗に終わった。
ところがこれを「失敗」と結論付けたのは勉強不足である。
これに気づかされたのは、ユング派の分析心理学者だった故・河合隼雄氏のコンプレックスであった。
要するに、思春期の定義について言えば、これまで子供として生きてきた一人の人間が大人へと変容する過程においては、
「親の庇護のもとである立場」と「一個人として自立していく立場」の葛藤にあり、
むしろ当時の時代も勘案すれば、中学生段階での不登校は、
発達に伴う葛藤の象徴として、しごく当然な心の有り様だと痛感したのである。

平易に書けば「登校をしなければならない」訳ではなく「登校できるにこしたことはない」と言う態度で臨み
いずれその子自身の心が決める方向について寄り添うだけでよく、
物理的に何かをしなければならないと思ってはいけない事であった。

かつては「登校拒否」と呼ばれており、児童の発達障害と考えられていたが、
今では「不登校」と表現が改められたのも、別に自らの意志で通学ができないわけではないという解釈からである。
この現象は第2成長期と言う葛藤を乗り越える段階において心的エネルギーが注がれているからであり、
心の障害ではないと言う解釈が妥当ということに気づかなければならなかったのだ。

要するに、因果律で心の有り様を解釈し何かをしようとするのではなく、
思春期に於ける大人への通過儀礼として立ち合い、
その成長の哀しみに寄り添う事だけ傾注すればよかったのだ。

つまり僕が本当にできていなかった事は「不登校は障害ではない」と言う認識が足りていないことであり
「通学出来るようになる事」を目標とした事自体に間違いがあったのだ。
しかし僕がこの解釈を受け入れることが出来たのは大学卒業後である。

大学の後半の2年間は社会心理学のゼミで、地獄のような忙しさに振り回されながらも、僕の興味は臨床心理学へと傾注していった。
4回生ともなると、就職対策として、一番興味を持った1冊の本をゼミで発表しなければならなかった。
僕が選んだのは河合隼雄氏の心理療法論考だった。
難読書であるが、下線を引きながら何度も読み返した本だったのだが、
発表した時の恩師の言葉は
「今のあんたにこの本が理解できるんかなあ。」だった。
この時は本当に悔しかった。
いや、今でもこの言葉は忘れられない。
僕は3回生を終えるころには、すっかり社会心理学の底の浅さに辟易としていて、興味の対象は完全に臨床心理学になっていた。
その後、社会人になってからも時間があれば本屋をめぐり
国分康孝氏のエンカウンターグループなども研究したり、教育界では有名なロジャーズ派の来談者中心療法や、人間関係のあり方をテーマにした交流分析、そして認知行動療法など、
ありとあらゆる臨床心理学関連について独学を続けた。

数年前には半年くらいだったか、臨床心理士に出会うため教育分析のつもりでカウンセリングにも通ったことがあった。

僕は本来、卒業後は日本史の教師かカウンセラー(臨床心理士)になるつもりでいた。
しかし、いずれにしても民間で人生経験を積んでからでないと世間知らずの状態になるし
当時は臨床心理士という資格制度さえなかったから就職活動では製造業を選んだ。

その後の紆余曲折はコラムの新大塚物語に記したので割愛するが、
人生の店じまいを始めても遅くない今となっては、自問自答する日々が続いている。
当面はシステム開発を食い扶持として凌いでいくしかないけれど
もうこれについては、うんざりする程、経験したし
年齢的にもそろそろ方向転換をしたいのだ。

とりあえず臨床心理士になるための資料も取り寄せてはみたが、英語も含め、あまりにもハードルが高い。
1年間は浪人をして通信講座でも24万円かかる受験勉強をして臨床心理士指定大学院を受験し、
2年間の修士課程を終えて、初めて受験資格が取得できるわけで、最短でも3年間はかかる。
ましてやそんな蓄財がある訳もなく、本当に臨床心理士になりたいかと言えば即答できない。

恐らく僕は単純に日本史と一緒で、臨床心理士並みの勉強と訓練を経験したいだけかもしれない。
例えばこのまま民間で働くにしても、曲作りにしても、これらの知識は無駄ではない。
作詞をする場合においても、心理学用語を一般人の理解できる言葉に置き換えて作ってみたりもしている。
※例えば女友達の歌詞だと「本当の厳しさと優しさ」は心理学用語にすれば「父性原理と母性原理」になる。

勿論、システム開発関連の仕事と勉強をしながらになるが。

兎に角、当面は未だ山積みになっているシステム開発関連と臨床心理学関連の本は読み続けなければ。
by jun_hara | 2014-06-14 17:45 | 独り言

ええねん


もう20年前か。
ぜんぜん古びてない。
若いバンドマン、ほんまにええんか?
by jun_hara | 2014-06-07 00:17 | music