So Long & Congratulation



久しぶりにレコーディングをやってみた。
この唄は1998年、職場を離れる恩人のために贈ったもので、当時の僕の部屋でギター1本だけで本人に唄ったことがある。

前にこのブログの生涯の友で、「親友は学生時代にしか作れない」と言うような内容を書いたが、それはあくまでも社会に出てからの平時を想定している。
社会人になったなら闘う時は必ずある。
その時は私利私欲でなく価値観を同じくする人と共に行動することはあるものだ。
こういった時はかけがえのない友人が現れる時もある。

こう書くと一見簡単なように思われるかもしれないが、決してそんなことはない。
今、話題になっている待機児童の話をあげるまでもないが、仕事の大前提は家計を支えることである。
これなしに美意識だけで正論を共にする人があっても、それは子どもの戯言と言われても仕方がない。

人生の分岐点では「どこを妥協して、どこを譲れないか」を真正面から内省し、互いに話を詰めて、所属している集団の中で折り合いをつけていくわけで、
そこでは個人の価値観と社会的規範のすり合わせといった葛藤を抱えながら、もがき苦しみ、最後は自分で答えを出すしかないのである。
こんな状況の場合、大半が運命を共にする者同志は物理的な離別を覚悟の上、闘うわけで、決して誰かを陥れるために群れるのとはわけが違う。
それを乗り越えて初めて信頼感の共有を確信できるようになり、時空にとらわれない縁ができるのである。

ここまで書いたのはあくまでも僕の経験からくる人生哲学である。
よって誰にでも当てはまるなんて思っている訳ではない。
以前、大学生から「ストレートマスターで臨床心理士になるより、一度社会経験してからの方が説得力があるのではないか」というような質問をされたことがある。
その時の僕の答えの要約は「そう思う人はそうしたらいいし、そう思わない人はストレートマスターでいいんじゃない」だった。
ここで敢えて付け足せば、大学院生ともなれば社会人扱いとなるし、臨床心理士指定大学院ならばシラバスを見るまでもなく、実習は社会人としての訓練を含んでいるはずである。
また、民間であれ公務員であれ、社会人になっても「人としていかがなものかと思う人物」は何歳になってもいるし、それは教育界や医学界であっても同じだろう。

要するに、人格形成とは、どの道を行くにしても本人の心次第には違いない。
少なくとも僕が自分に問い続けている言葉を一つあげれば「救われたいのはどちらなのか」である。
これを見極めていない場合、長い目で見ると、押し付けの援助になってしまったり、仮説の立て方も間違ってしまうのではないかと思っている。

So Long & Congratulation

うまく言葉にできないけれど
ほんとによかったと思う
離れることは悔しいけれど
君らしい選択だから
一緒に戦いつづけたことは
今でも僕の誇りにしている
僕らはあの日々をわすれはできない
なれあう群れの中に埋もれずにいたこと
君の言葉が輝く場所へ
本当にSo Long & Congratulation
  
迎える朝は異なるけれど
同じ空の下で生きてる
傷つくことはあるとしても
なんとかなるさ僕らならば
本当はもう一度机を並べて
誰もが驚く仕事をしたいね
でもこんな時代に生まれたのだから
きっとそんな日が帰そうな気がするんだ
だから今は微笑みながら
本当にSo Long & Congratulation

一緒に戦いつづけたことは
今でも僕の誇りにしている
僕らはあの日々をわすれはできない
なれあう群れの中に埋もれずにいたこと
君の言葉が輝く場所へ
本当にSo Long & Congratulation
本当にSo Long & Congratulation

# by jun_hara | 2016-03-28 02:00

Rのススメ

e0027033_16475913.jpg【Rってなんだろう?】

タイトルはテレビのバラエティ番組のようだが、この意味するところは「実際に統計をやってみよう」である。
Rと言うのは統計解析を行うためのオープンソースのスクリプト言語とその利用環境なのであるが、
この説明だと初学者には???だろう。
もっと簡単に書けば...
質問紙などで集めたデータの平均や相関など、ほとんど全ての統計計算とグラフ化を行ってくれる無料のソフトである。
平均や相関など基礎統計量ならEXCELでもできるので、どんな違いがあるのかと思われるだろう。
確かにそれは事実である。
それではRとEXCELではどう違うのだろうか。
また既に卒論などで統計解析をやった人にはSPSSSASなどを経験している人もいると思うが何が違うのだろうか。
操作的なことや技術要件などの詳細は割愛して書けば、Rだけが無料のソフトであるということだ。
※SAS University EditionやSPSSのアカデミックパッケージには賞味期限があります。
またRはWindows,Mac,LinuxのOSそれぞれに対応している。
それと、今やほぼ日本の心理学専攻での授業ではRが標準実習ツールとして用いられている。
しかし、とある情報では「授業ではRで教えているのに、EXCELやSPSSを使う学生が多い」と嘆く教授もいるとのこと。
さもありなん。
Windowsなんてない時代はSPSSしか選択肢がなかったのだから、Rを使い慣れていない場合、
EXCELやWindows版SPSSのほうが遙かに教えるのも憶えるのも楽だろう。

【Rを使ってみる】

そこで実際にRをダウンロードしてインストールし、使ってみる。

まずダウンロードとインストールは2つのものが必要となる。
一つ目はRそのものであり、もう一つはR Studioというツールである。
解りやすく書くと前者は車のエンジンにあたり、後者はハンドルや計器にあたると考えればいいだろう。
※前者だけを直接操作できないこともないのだが

Rのダウンロードとインストール

R Studioのダウンロードとインストール

とにかくこの二つを入れてしまえばすぐに使える。

まずR Studioを起動してプロンプトがあらわれたら
install.packages(("ggplot2"))
と入力しEnterを押す。
これはグラフを表示するためのパッケージをインストールする呪文だ。

次に「サイコロをランダムに100回振った平均を求めて、それをまた100000回繰り返した結果!」をやってみる。
※このサイコロの試行が正規分布の説明に出てくる中心極限定理の例と思って下さい。

この実行処理データをresと言う任意の名前の箱に保持してみるには
res <- replicate(100000,mean(sample(1:6,100,replace = TRUE)))
とプロンプトに入力しEnterを押す。
※sample関数自体がランダムに行う機能を持っています。
※「任意の名前の箱」は正式にはオブジェクトと言います。

次にプロンプトがあらわれたら
hist(res)
と入力しEnterを押す。
※これでちょっとしたヒストグラム(度数分布表)が表示される

次に、ちょっと凝った表示にするため
saikoro <- data.frame(サイコロ = res)
とプロンプトに入力しEnterを押す。

しばらくしてプロンプトがあらわれたら
library(ggplot2)
と入力しEnterを押す。
これはパッケージの中のggplot2というグラフ描画機能を使う呪文だ。

次にプロンプトがあらわれたら
ggplot(saikoro,aes(x=サイコロ))+geom_histogram(binwidth = .1,fill="steelblue",colour="black",alpha=0.5)+xlab("期待値")+ylab("回数")+ggtitle("サイコロの平均値の平均値")
と入力する。
そうすると今回の画像のグラフである「サイコロの平均値の平均値」のヒストグラムがあらわれる。

【Rは使いやすい?】

と言うわけであるが、前述の教授の嘆きの原因はすぐにわかるだろう。
R Studioにはコマンドヒストリーやインテリセンスなどの入力補助機能はあるのでプログラミングを考えれば有り難いのだが、操作環境は日本語ではないし、あくまでもプロンプトに命令語をキー入力していくといったCUIなのである。
なのでMacやWidowsになれたユーザーにとっては「何を今更DOSでやるのか」という疑問を持っても不思議ではない。
※コマンドヒストリーとはDOSなどでおなじみの↑キーを押すと過去に入力したコマンドがあらわれる機能
※インテリセンスとはVisual Studioなどでおなじみの3文字くらい入力したら命令語の候補をリスト表示してくれる機能

しかしながら実際の修論や卒論で使う程度ならRを憶えておいた方がいいだろう。
なぜなら心理統計で実際に入力が必要となるのはプログラムを組むほどのものではないからだ。
まず、卒論や修論などの心理統計ならばどんな解析であれ必要な入力は、データ入力とほぼ限られた関数命令くらいだろう。
例えば、実際のデータ入力はEXCELで行い、CSVファイル形式で保存して読み込むことが一般的である。
後はt検定,F検定,相関,カイ二乗検定,重回帰分析,因子分析,ロジスティック回帰分析...などなど
解析方法に合わせた関数と引数が解ってしまえば、出力される内容の解釈が理解できればいい。

と、ここまで書いたら、いかにも簡単そうに見えるが、前述したように操作は英語版DOSのようなものなので、EXCELを使い慣れた者からすればGUIにしてもらいたいだろうし、エラーも日本語で出力してもらいたいはずである。
まあ、ここは無料なので「習うより慣れろ」としか書けないし、「これくらいで悲鳴をあげていたら応用行動分析の実験計画の理解のほうがもっと難しいのだから」としか説得しようがない。

兎に角、統計学は最初から用語の重々しさやΣ関数のオンパレード、それに日常で目にしないグラフが登場するので、どうしても第1印象からして腰が引けてしまうのであるが、心理統計レベルならば実際に簡単なt検定程度の操作をしてみたほうがいいように思う。
統計本で用語や計算式とにらめっこするのに疲れたら、見よう見まねでRの入門本を買って実際にやってみたほうが統計をイメージしやすいだろうから。

【Web調査の可能性】

とりあえずここまで読んで、「データ入力はEXCEL?」と疑問を持たれた方はかなりの情報処理通だろう。
※SE,プログラマーでこの疑問を持たないのはあり得ないという意味で。
つまり、データ入力をEXCELで手入力すること自体が原始的ではないかと言うことであるが...
それは正しい。
ところが日本の大学の心理統計では未だ質問紙調査がメインである。
Web調査は調査対象者の妥当性を補償する知識が必要となるし、タッチパネル入力のシステム構築を行うにしてもまだまだハードルが高い。
と言うのも、そもそも日本の心理学はその殆どが文学部や教育学部など文系の学科なので、Webシステムの構築をやろうとすると、それだけで2年間を消化してしまう。
しかし既にEclipseVisual Studioなどで簡単なWebシステムを作った経験があるのなら、それほど難しくないことは想像出来るだろう。
だいたいEXCELで入力するデータ程度なら、テーブルの正規化などのデータベース設計レベルを求められるわけではないのだから。
要するに基本的なASP.net(C#,Visual Basic)またはphpSQLが理解できればWeb調査も不可能ではない。
またCSVファイルの読み込みではなくても、MySQLなどの無料データベースを直接読み込む事も可能なので、手入力の手間と誤入力の回避、はたまた時間と場所を選ばない回答も可能となる。

RからDBに接続する方法(PostgreSQL, MySQL, SQLite)

※「私は質的研究しかしないから」と思われた方。
 今後は質的研究もRを使う可能性があります。
 例えば、Webサイトなどで評価コメントを参考にしてショッピングしたりすると思いますが、
 これらのテキスト情報を集めて客観的に解析するのも今後重要になってきます。
 要するに、Web上の意見を質的データとして収集し独立性の検定をしたり、因子分析で集約するとか。
 今後、心理学者たるもの数量化を避けては通れないのです。
※Webサイトなど文字情報をデータ収集及び解析する技術をテキストマイニングと言います。
 また「Web上の意見」とはいわゆるビッグデータのことで、直接データ入力しないデータを意味しています。
# by jun_hara | 2016-03-26 07:57

心理臨床の基礎総括



2013年、東京のある有名私立大学の教授(臨床心理士かつ医学博士)が学部生の最初の臨床心理学講義で「臨床心理学は人生相談ではない」と述べられた。
この発言についての判断は保留する。
なぜならアメリカの臨床心理学の定義はそうであっても、日本独自の心理臨床という概念をもっては「個人の人生」なしに介入できないと思われるからである。
また、心理臨床という概念自体が臨床心理学と誤解される概念であるという批判もある。
これについても今後の研究課題となるだろう。
兎に角、臨床心理学の諸理論や概念は「どれだけの根拠をもって対人援助に役立つか」につきる。
河合隼雄は、「心理療法とは、悩みや問題の解決のために来談した人に対して、専門的に訓練を受けた者が、主として心理的な接近法によって、可能な限り来談者の全存在に対する配慮をもちつつ、来談者が人生の過程を発見的に歩むのを援助することである」と述べている。
また、倉光修は放送大学のスクールカウンセラーの授業最初に「知識は人を優しくする」と述べている。
一個人として科学的表現でない意見を書くと、これらの定義や見解を信じてきたからこそ、この歳にして臨床心理学の道に切り替えた。
もちろん、30年前の心理学と今のそれが同じではないことが、この1年間で一番痛感した事であり、諸理論に対する困惑にもなったのであるが、それらに対する確信をもった答えはこれからの課題として、この1年、大学院受験で学んだことを出来るだけ簡潔に解りやすく、かつ、誤解のないよう一気に書いてみる。
ただしあくまでも基礎なので、細部やその応用についてはこれから研究していく前提で記しておく。

心理療法は現在、300種類か400種類あると言われているが、その中でも3大理論というものがあり、日本の臨床心理士資格に問われる必須の知識となっている。
一つ目はオーストリアのジクムント・フロイトを祖とする精神分析学派であるが、フロイトは無意識の重要性を主張し治療関係において患者との中立性を強調した。
その後、アメリカでは「精神分析の無意識と言う概念自体が科学的に実証できないもの」であり、科学性を重視する立場から、全て観察可能な行動に着目し、人間の学習による変容を客観的データから明らかにしようとする行動主義があらわれた。
しかし人間の内的世界を行動のみに限定して解釈することから「心なき心理学」と批判されることになり新行動主義などの分派を生むことになる。
第2次世界大戦を挟んで、カール・ロジャースを祖とする人間性心理学という第3勢力があらわれる。これは「人間には本来、自己回復力があるもので、個人の理想自己と現実自己の不一致が悩みの原因であり、これらを一致しさえすれば自ずと自己回復する」といった立場であり、技法よりもカウンセラーの態度に重きを置く。

それぞれの学派はそのままの流れから批判を繰り返し、分派を生み、今に至っているが、現代の心理療法として効果がないことから、当初の主張を単純に間違った心理療法であると結論づけるのは、心理療法に対する正確な理解をしていないことになる。それぞれの学派が誕生した時代にはそれなりの背景があり、理論を組み立てた根拠には、セラピスト自身の人生が関わっている。例えば、フロイトの時代であるならば、それまでの神経症の治療として「子宮を切除する」と言った現代ではありえない方法が用いられていた。これは神経症(ヒステリー)の語源が子宮を意味していたからであるが、フロイトは「無意識に抑圧された記憶をセラピストに語る事」で治療できる方法として精神分析理論を組み立てた第1人者である。この原点なしにその後の心理療法は展開しなかったことになる。また、行動主義もその後、認知革命を経て認知科学と交わり、今では心理療法の主軸となっている認知行動療法(CBT)に至っている。人間性心理学は当初ロジャース自身が技法を軽視したが、その後修正が加えられ交流分析などに発展している。

どの理論や技法が効果的なのかについては、クライアントを取り巻く条件によって変わってくるが、どの心理療法であれ、クライアントとセラピストの「関係性」が一番重要な因子であることに変わりがないことは、すでにデータで示されている。
要するにロジャースが主張したカウンセラーの3つの態度である「自己一致」「共感的理解」「無条件の肯定的関心」を基礎として治療関係を構築し、クライアントの同意の下、あらゆる技法を駆使して介入にあたる姿勢は共通する。

現在では社会学的な観点をもって、家族療法やコミュニティ心理学など、それまでの個人を対象とした技法から、集団や環境を対象としたシステムズ・アプローチが登場している。しかし、基本はあくまでも人間個人の理解があってこそのものであり、個人の内界と、その外界といった複眼的な知見がなければ根本的な援助には至らないように思われる。

生物学的アプローチとしては脳科学研究や遺伝子科学研究のデータから薬学療法が発展しているが、根本的治療方法として用いられているわけではないことに留意すべきだろう。例えば、21世紀になって登場したSSRIが、うつ病に対して依存性の点では副作用のない画期的な治療薬として用いられているわけであるが、DSMでうつ病判断の指針はあるものの、その原因が特定されているわけではなく、あくまでも脳内神経伝達を補修する原理に止まった作用である。また、日本では医師によるCBTが保険適応内とされているが、CBT自体は効果研究を土台にしているものの、根本治療ではない。つまりCBTは持続原因に焦点を当てる技法であり、うつに至った根本原因に焦点を当てたものではない。

いずれにしても現在ではこれら「生物-心理-社会モデル」の観点から、対人援助の実践研究をすべきことは心理職の必須条件になっているが、それぞれの知識が専門的であることや、医療・福祉職や隣接科学の多様さを考慮すると、心理の専門性と他職種との連携こそが現場で通用する第1条件であると思われる。
# by jun_hara | 2016-03-24 12:41

生涯の友

e0027033_8574379.jpg大学時代からの友から嬉しいお祝いが届いた。
実は僕が東京を離れて心理職を目指すことを話した時、唯一真正面から反対してくれた奴である。

僕の方向転換は、常識から考えれば、この歳でやることではないと思う。
当時僕は、別に技術職の仕事であぶれているのではなく、
むしろ、周りが生き残ることで精一杯なのに、案件は引く手あまただったし、
そのキャリアを全てゼロにするのは誰が考えてもおかしい。
いい大人だったらどんな理由があれ、バカなことをしていると思うのが一般的だろう。
しかしそんなことを、嫌われても本音で言い続ける奴なんて、家族でもなければ、ほぼない。

1年半前、僕が「心理職を目指す」と言った時、2時間以上かけて考え直すよう言ってくれたのも、
お互い学生時代からそうだったし、また、それぞれが転職などの移行期にある時は、話し合ってきた中でもあるからだ。

僕等の世代は卒業後にバブル崩壊を経験し、そうでなくとも、終身雇用にしがみつくままに生きてきた人以外は、
それぞれが自分の進路を決断しなければならない時期を経験している。
この時期を移行期と言い、正しい答えは何処にもない問いを繰り返し、次の道へと進んできた。
勿論、結論を出すのは自分自身なのであるが、その過程で本質を語れる人ほど大切なものはない。

しかしそんな友人を作るれる機会は、利害関係がなく守るべき生活世界が固定されていない時以外は皆無に近い。
それが学生時代なのであるが、今では物質的に豊かになり過ぎたのか、それさえも難しいみたいだ。
誰もが「解離的な現実」を疑いもなく受け入れて、器用かつ当たり障りのない距離感の対人関係を良しとしている。
また、KYなどの偏った価値観が横行している中、そうせざるを得ないのだろう。
それが一番の孤独に繋がる根源とも気づかないまま。

僕等自身も学生時代はこんなに長い付き合いになるとは思いもしなかった。
また、卒業してからも頻繁に会っているわけではない。
お互いそれぞれの世界で忙しくしているし生活がある。
それでも何かあったら、しばらく会わずとも、また会えば、元のままで話せるのは、
学生時代に何度もぶつかり合った数と比例していると思う。
要するに、僕らは、その場しのぎで仲良くするといった器用なことができなかったのだが、
だからこそ腹を割って話せる関係に成熟したのだと思う。

総じて、社会に出てからは利害関係なしの深い絆を作ることが難しい。
必ず敵は現れるし、裏で人間性を疑うような理不尽な態度をする存在も珍しくない。
僕も時に他者にとってはそうであるだろう。
正論だけで結論を出したり、八方美人が通用するほど、人生は気楽なものではないのだ。
だからこそ、非線形な判断を迫られる時、本音で語り合える存在は、この上なく大切すべきものだと思う。
# by jun_hara | 2016-03-12 10:03

眠れぬ夜に



僕が環境音楽という言葉を初めて聞いたのは、卒論のために所属していた学会での時だった。
約20名くらいからなる小さな学会で、所属しているのは関西一円の修士課程以上の研究科生だった。
当時の修士課程研究科生は今の人口比で言えば博士課程研究科生にあたるだろう。
その中で学部生は僕だけであり、まして音大や音楽美学専攻でもない門外漢としては、質問もできるはずがなかった。
そんな研究会の中で興味を引いたのが、何度も登場した「ウィンダム・ヒル」という固有名詞だった。
まず、1980年代にウィンダム・ヒルが一世風靡した環境音楽(ambient music)というのは、
英国の作曲家ブライアン・イーノが提唱した音楽のジャンル、または思想を表す言葉らしいが、そんなことはどうでもいい。
音楽なんて、どんなジャンルなのかは聴いてみないとわからないのだ。
ところが、学会では既に試聴済みであることが前提で議論が交わされるから、たまったもんじゃない。
兎に角レコード店へ行ってウィンダム・ヒル・レコード(Windham Hill Records)を調べてみた。
ヘッドフォンをつけてジョージ・ウィンストンのピアノを聴いてみた第1印象は「イージーリスニングとどう違うんだ?」である。

その後、関西の片田舎から東京の喧騒の中で暮らし始めて、その違いが解るようになる。
例えばハーモニーがイージーリスニングのように単調ではないが、クラシックのような複雑さを追い求めない。
旋律も西洋音階にこだわらず、日本の音階などから多く選ばれている。
また、音楽自体はあくまでも脇役であり、余計な主張がなく、その環境を包み込むためにのみ存在する。
要するにリラクゼーションの効用が含まれているのだ。
それ以来、眠りにつく時はアンビエントを聴く習慣がついてしまった。
今では環境音楽と言う言葉は知らなくても、ほとんどの人が
「ああ、あのリラクゼーション・ルームや歯医者の待合室でかかっているようなやつ」
と言えばわかるくらいに普及しているが。

しかし、帰省してからは勉強に追われて一度も聴いていなかった。
それくらい実家は静かな片田舎なのである。
# by jun_hara | 2016-03-05 00:50 | music

青春の輝き



生きていて一番難しいのは信じ続けること
この狂った世界にも私のために誰かがいる
うたかたの世界を通り過ぎていく人々のように
私にもチャンスがくるのかな。どうなんだろう

「約束せずにシンプルな関係でいよう」と言ったけれど
それは別れを早めただけ
無償で手に入るものなどないと気づくのが遅すぎて
多くのものを失った

愛がなければ生きていけないと
今頃やっと気づいた私
この不完全な世界で完璧な愛を求め
それが見つかると思っていた愚かな私


良かれと思って色々やってはみるけれど
今夜は何の慰めにもならない
眠りつけないまま朝の4時
身近な友人もいなくて
希望に縋り付いているけれど私は大丈夫

愛がなければ生きていけないと
今頃やっと気づいた私
この不完全な世界で完璧な愛を求め
それが見つかると思っていた愚かな私

愛がなければ生きていけないと
今頃やっと気づいた私
この不完全な世界で完璧な愛を求め
それが見つかると思っていた愚かな私
# by jun_hara | 2016-03-02 00:32 | music

知能のパラドックス

e0027033_17543571.jpg知能のパラドックス 単行本 – 2015/7/24 を読み終えた。

おおよその内容は進化心理学の視点から「知能」の正体を解き明かすとしている。そして「知能」は人間の進化の過程では新しい概念であり、本来人間に備わっていた「本性」としての要素ではないとする。また、「知能」=「人間の究極の価値」では決してなく、身長や体重のようなひとつの特徴に過ぎないことを前提に話を進めていく。
確かに「オカマの人って、なんとなく頭の回転がはやくない?」「できるビジネスマンって、どうしてジムに通うの?」「一流の人って、なぜかみんなクラシック音楽が好きだよね」「マスコミって、どうして保守政権を目の敵にするの?」など、興味深いテーマで展開される話なのだが、正直、統計的検定を鵜呑みにできないところや、考察に論理の飛躍がある点は否めない。

それでも正しいかは別にして面白い箇所を引用してみると

「保守主義者より自由主義者のほうが知能が高いのはなぜか?」より
チャールトンの説によれば、一般知能を除く、進化により形成された心理メカニズム(つまり人間の本性)の総体が、いわゆる「常識」というものの正体だ。常識は誰にでも備わっている。しかし知能の高い人は、その知能の高さからくる分析的・論理的思考力を、間違ってはたらかせ、進化の観点から見てごく当たり前の問題でも、分析的・論理的に考えてしまう傾向があり、その結果、失敗をやらかす。
要するに、リベラル派をはじめとする知能の高い人には、常識が欠けている。常識にしたがおうとしても高い知能がじゃまをするのだ。彼らは「感じれば」よい場面でも「考えて」しまう。対人関係のような日常の場面ではたいてい、考えるよりも感じることのほうが大切だ。

とか
よく指摘されるように、学問の世界ではすでにこういう状況が起きている。たとえば、文芸評論のように、ある見解が正しいかどうかに関して外部の客観的な評価基準がない分野(どんな理論も事実で検証しなければならない自然科学とは大違いだ)や、社会学のような非科学的な分野(何が真実かをめぐって一向に意見がまとまらず、実証的なデータより政治思想のほうが優先される)。そうした世界では、「読者反応論」や「社会構築主義」のような複雑怪奇な理論を唱える学者がたたえられる風潮がある。

だろうか。

個人的には「音楽の起源は歌。楽器で演奏する音楽は新しい」より
私の感覚で言うと、西洋のクラシック音楽は世界中の他の伝統音楽と同様、「進化の歴史における音楽的表現とは」性質が違うようだ。そもそもクラシックをやるには、普通の人にはマスターできない、つらい修行を積まなければならない。バッハやシェーンベルクの作品に見られるようなメロディーやハーモニー、リズムが自然に理解できるようになるわけではない(自分で創作するのはもっと難しい)。この種の音楽は母語の習得とはまったく違うのだ。

はある程度納得がいく。

とりあえず、学術書としてではなく興味本位で読む分には面白いのかもしれない。
# by jun_hara | 2016-02-29 18:11

僕が臨床心理士指定大学院へ進むことにした理由


2014年の夏だった。
東京に住んでいる頃、たまたま本屋で見つけたのが最相葉月・著セラピストだった。
最相さんは僕と同い年で母校も同じ関西学院大学である。ただ、僕は社会学部だが最相さんは法学部なので、どうして臨床心理学に興味を持ったのかはわからない。
いや、その理由は本の中に書かれてあったっけ。
それは兎も角、この本を読めば、日本における臨床心理学のこれまでが物語として一望できる。正確には心理臨床だろうか。
その風景の中には、僕の母校である明石南高等学校の同窓会館までもが登場する。
実は、日本の臨床心理学の普及は近畿一円から始まったのだ。
僕の学生時代に臨床心理学を学ぶには、京大か九大くらいしかなかった。
それは1960年代の闘争で日本の臨床心理学が歴史の中から消えた時期があったからだった。※このあたりの詳しい経緯はこれからの臨床心理学にて。
再び、日本の臨床心理学が芽を出したのは、河合隼雄先生がスイスから帰国して京大で教鞭をとり、九大では成瀬圭吾先生が臨床動作法をもって、研究を始めた頃である。

関学は古くから文学部心理学科や社会学部社会心理学専攻はあったが、臨床心理学は未だに学科も存在しない。関関同立でも臨床心理士指定大学院でないのは関学だけであるが、これは関学が伝統的に学術心理学の歴史を背負ってきたからでもある。
そもそも一般に心理学と呼ぶ場合、正確には学術心理学と言って、原点が実験心理学になり、カウンセリングや心理療法などを含む学派ではないからだ。一番解りやすい例をあげれば、学術心理学では「無意識」という概念は取り扱わない。この概念は臨床心理学でもフロイトから始まる精神医学の精神分析学派でのみ用いられるだけである。これは「無意識」という概念が科学では実証しようがないからである。

僕は学生時代、社会心理学を専攻したのであるが、最初に課題図書になったのがコンプレックス性格チームワークの心理学だった。
僕の発表チームにはコンプレックスが割り当てられ、1か月間、フロイトからユングまで徹底的に研究することを義務付けられた。
そのせいですっかり臨床心理学に傾倒してしまい、3回生になってから専攻の社会心理学研究が始まっても、時間があれば本屋で臨床心理学関連の本を買いあさって読んでいた。
ここまでハマったのは、2回生の後半、不登校の中学3年生の家庭教師をやっていて、登校できない理由の解釈ができていなかったが、この本「コンプレックス」自体に腑に落ちるカラクリが書かれていたからだった。ここで説明するには難しすぎるので、是非読んで頂きたいし、臨床心理士になって、この本を読んでいない人はモグリと言われるくらいだから、書くのも野暮と言うものだろう。
また、他の課題図書の著者も全て心理カウンセラーや心理療法家であり、これらの本や恩師の本が原点となって、後に僕が世の中を見る際のフィルターになっていった。

4回生になって、就職活動期に行われた「自分が一番影響を受けた本」の発表も心理療法論考を選んだ。さすがにこの時期になっても、学術心理学ではなく臨床心理学から選んだので、あまりいい顔をされなかったことを憶えている。しかし、この時も「いつか臨床心理士資格が出来たなら、その時考えよう」と本気で思っていたのだ。※当時、資格名も存在していなかったが。
それから長い年月が経って、2007年に河合先生が他界された頃、僕は東京九段にある日本・精神技術研究所心理臨床学会の重鎮のH.M.先生に依頼して、初めて教育分析を半年間経験させて頂いた。この時は、ある事例のスーパービジョンも兼ねていたので、かなりの勉強をさせて頂いた。そしてその最後の日、「本気で今でも臨床心理士になりたいのなら挑戦した方がいい」と勧められたが、大学院での心理英語に対する覚悟がどうしてもできないことから、日常に追われて東京での生活が過ぎていった。

2014年は人生の分岐点となった。
セラピストを読み終えるのと同じ頃、職場の同僚が首つり自殺をしたのである。
詳細は書かないが、この時、組織で働いていくモチベーションが尽きてしまったのと同時に、臨床心理学の方向へと切り替えることに決めたのだ。当初は東京で予備校に通い、東京の大学院を考えていたが、父の3回忌前後に母が3週間の検査入院をしたことから、実家に戻ることとなった。その年いっぱいは技術職の仕事が残っていたので、年内いっぱいまで務めることとし、年末に最後のイベントライブをやった次の日に帰省した。

実際に受験勉強を開始できたのは2015年になってからである。そもそも技術職をやりながら他の勉強時間を確保するのは不可能だった。
本格的に学び始めてわかったのは、臨床心理学の世界が様変わりしていたことだった。臨床心理学だけではない。学術心理学においても認知心理学や認知神経科学の台頭により、聞いたこともない心理学者の人名や概念が登場し、僕が学部生時代に憶えた精神分析学派はすっかり主役から遠ざかっていた。かわりに認知行動療法(CBT)が精神医学を巻き込んで、精神療法の中心になっているのである。また、東大をはじめとする首都圏と京大を中心に置く関西圏では幾分事情が異なっていた。前者がCBTを中心としたEBMであるのに対し、後者は事例研究法を中心としたNBMである。それに加えて、心理職の国家資格化法案が9月に国会を通過し、決定的に臨床心理士資格は国家資格にならず、新たに公認心理師が国家資格になった。※移行措置等の話はまたの機会に記す。
9月受験間近の6月の話であるが、いったいいつから何が変わり始めたのかを知らなくては、受験自体が無駄になりかねないので、本を買いあさったり、ネットで調べ上げ年表を作って俯瞰してみたら、その大きな変化の始まりが2007年であることがわかった。前述の河合先生他界直後からである。今でもその大変動の途中なので、詳しくは書けないが、教育界に属する臨床心理学と医学界に属する精神医学が離合集散しつつあることだけは理解できた。

結局、9月の受験は準備不足で不合格になったが、おかげで受験校の選定を切り替え、11月受験で第1志望の兵庫教育大学大学院に無事合格することができた。しかし、本当に大切なのはこれからである。受験前までは、大学院にさえ入学してしまえばと思っていたが、今は決してそんなことを思えるわけがない。学部生の頃を考えても同じことを言えるが、勉強にしても研究にしても、入ってから何を学び続けるのかを具体的に目標として持ち続けていなければ何の意味もない。これから行うのは実践に役立つための研究と実習である。
学部生時代に学んだ社会心理学による心理学研究法は、ICTも絡めて今でも大切な僕の技能になっている。また、これまでの人生で何度か関わった事例や経験を肥やしにしないと、今までやってきたことの意味がない。少なくとも教育大学大学院を選んだからには教育に関わる分野は外せない。現状の社会の歪みに対して働きかけていく場合、結局は教育に立ち返ってしまうからである。
とにもかくにも臨床心理学は時代時代の社会的弱者をきめ細かく擁護してきた学問である。この原点から離れての具体的な目標はない。
いったい何時になったら、未だ誰にも言葉にしていない到達点に至るかはわからないが、決めた道に後悔のないよう毎日を積み重ねていきたいものだ。
# by jun_hara | 2016-02-23 23:56 | 独り言

二つの記事から

ここのところ気になっている記事は下記のふたつである。
一つ目は豊かな「個性」としての発達障害〜多かれ少なかれ誰もがもっているであり、
二つ目はオックスフォード大学が認定 あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」702業種を徹底調査してわかったであるが、
これらに何の関係があるか、直感的に気づく人はどれくらいいるだろうか。
結論から書けば「今後の教育システムをどう変革すればよいのか」になる。

以前、個性化と社会化について書いたが、現在の日本の学校教育は社会化に重点が置かれている。
また、「出来る子=知能の高い子」の図式でとらえられることが多いが、知能とは、ことほど左様に単純なものではない。
近代心理学の最大の発明として知能検査があげあられるが、逆説的に「知能」という構成概念ほど一律に定義されていないものもないのだ。

また、近代学校教育においては大学受験というものが最後の関門となるが、ここで問われるものは圧倒的に詰め込み教育の残骸が多いのも事実である。
これは、論理的思考を行う場合、多くの概念を有機的に結び付けるという観点からすれば、一概に批判されるべきことではない。
しかし、この数年間におけるInformation and communications technology (以下、ICT)の発展と普及からすれば、従来の記憶力に頼った知能の評価は難しくなっているのではないだろうか。
その代表的なものがマネー資本主義の限界とも言える投機筋による株価の乱高下であろう。
今や、株の売り買いは人の即時の意思決定ではなく、ICTを通じてプログラムが行っているのである。

基礎心理学では記憶の仕組みを2種類の3過程で説明する。
一つは、記名→保持→想起であり、もう一つは、符号化→貯蔵→検索である。
この表現の最大の違いは前者がヒトとしての記憶を前提としており、後者が認知機能を持つ個体であることを前提にしている。
要するに後者は人間と情報処理機器を同じ概念でとらえる認知科学の見方と言う事も出来る。
一見、ヒューマニティに欠ける解釈ではあるが、ICTの現状を考え、今後、人間の記憶に関する能力を評価する場合、後者の方が妥当である場面が否応なしに出てくる。
例えば、人間が意思決定をする場合、デバイスを使わずに行う事は殆どなく、我々がGoogleなどを使いこなすように、その過程にはどうしても「デバイスによる検索」といったものが介在する。
つまり検索キーワードの記憶は必須であるが、従来の、記名(符号化)→保持(貯蔵)といった過程は、絶対ではなくなってくる。
また人工知能における深層学習技術の発展により、機械自体がビッグデータを利用して試行錯誤し、人間の精度を越える意思決定を行う場面が急速に登場しようとしており、そのインパクトの一番大きいものとして、無人カーがあげられるだろう。

先の記事で興味深いもう1点として、生き残る職業の中に「小学校の教諭」はあるが、「高等教育の教諭」が含まれていないことだ。
要するに、ピアジェの言う形式的操作期の段階から始まる教養としての教育ならば、十パひとからげに教室に詰め込んで教える必要はないのであろう。
実際にeラーニングは普及しだしているし、ICT遠隔教育も本格的な実験段階に入っている。無理に教室に押し込めて、いじめや不登校を問題にするくらいなら、学校を含むコミュニティの方が個人に対して柔軟に対応していかなければ難しい時代がきているとも思われる。

こんな話を書けば、必ず「社会性が育たなくなる」といった意見が出てきそうだが、それなら今後生き残っていく上で必要な社会性とは何かを明確に示せる人はどれくらいいるだろうか。
極端な話、情報の加速化が止まらないとしても、子どもの発達に準じたモチベーションの維持において、「どうしてそんなことをしなくちゃならないの?」に大人が答えて、子どもが腑に落ちれば、内発的動機づけは高まり、他者との関わりの重要性に気づくものである。
むしろ、このような子どもの疑問に答えられないようでは社会性の重要性を教授できないだろう。
ここにおいても、今後必要となってくる、従来の社会性との違いは何かを考える必要がある。
要するに組織や地理的条件に縛られない今後のコミュニティのあり方を問い直すべきなのである。

基本的に人間は「ところ変われば品変わる」もので、西欧においては言語的コミュニケーションによって、その違いを確認する文化が成り立っている。
一方、日本においては以心伝心とか、腹芸とか、暗黙の了解があちらこちらに張り巡らされている土壌をもった民族であるため、とりわけ個性よりも社会性に偏重しやすいと思われる。
しかし、グローバル化を持ち出さなくとも、例えば、若者のLINEによる文字コミュニケーションをとらえても、言語化というものが不可欠になってくるに違いない。
ただ、ここで重要な「暗黙の了解」といった問題が残されている。
以下はその研究の土台にしようとしている自らの覚書である。

■ 非正規雇用者のモチベーションに影響する要因について
システムが整っていて役割が明文化されている職場だと非正規雇用者は比較的居心地がよい。
ところが、あちこちに暗黙のルールが仕込まれている職場は途端に居心地が悪くなる。
これは終身雇用の弊害が残っている会社であれば全ての非正規雇用者に当てはまる。
情報処理業界であれば、
・開発の標準化ができていない。
・体系だったシステムアーキテクチャーの知識共有の教育をしていない。
・質的技能を無視した量的経験だけで「うちのやり方」が通用し、
 全体のモチベーション低下より一部の個人の保身の重要度が強くなる。
こういった職場の場合、業務設計や交渉も杜撰で、そのしわ寄せが不効率な残業と言う形で現れる。また、社員の勤怠管理で「残業する社員=がんばる社員」と言う世界的な非常識が顔を出す。
これは、公的機関や大企業よりも中小企業が陥りやすい傾向にある。
もともと権威があったため統治不要だったが、雇用の流動化などで権威が急速に失墜したため、代わりに暗黙の了解による権力構造が台頭している訳である。
もしこの仮説が実証できた上で、社会政策のテーブルに乗せることができれば、恐らくこの国における高度専門職の移民受け入れは、欧米ほどに進み、後世に負の遺産を残すこともないと思うのだが、いかがだろうか。
# by jun_hara | 2016-02-21 01:50 | 独り言

あれから21年


1995年1月17日の阪神淡路大震災から21年が経つ。
僕は当時、東京の文京区に住んでいて、テレビからの情報しか知ることが出来ず、生の被災地を視たのはそれから3か月後だった。
テレビでは相変わらず、阪神高速が倒壊した映像ばかりが流れて、その後の阪神地区の復興ぶりばかり取り上げられ、東日本大震災と比べても、その後の対応の良さばかりが語られているような気がする。
確かに被害が酷かった中央区、灘区、東灘区、芦屋市、西宮市などの復興においては、高層マンションが林立し、まるで被害がなかったかのようである。
しかし、これが一番被害の酷かった長田区においては話が違う。
箱物の対応はしたものの、人口流出が止まらず、追い打ちをかけるかのように、中心産業であった靴製造が海外流出し、それと連動して、伝統のある商店街もシャッター通りに瀕している。
兵庫県や神戸市は対策として、中央区に集中している行政機関を長田区へ移転する計画をしているらしいが、中心産業と商業施設の連動までは具体的な政策を詰められていないようだ。
学生時代、賑わっていた靴工場や商店街でアルバイトをやった記憶は鮮明に残っているが、それを思い出させてくれる懐かしい風景はもうない。

阪神大震災を語る時、神戸と淡路ばかりが話に挙げられるが、実は明石市の東部でもかなりの被害が出た。
僕が小学3年まで住んでいた大蔵本町は東経135度にある天文科学館から海を臨んだ東に位置する。
勿論、被災地の真っただ中だったので、住んでいる頃に地震が発生していたなら、確実に死んでいたことは確かだった。
今では、明石海峡大橋を一望できる海岸沿いが大蔵海岸公園として生まれかわり、ショッピングモールなどもできて人口もV字回復を遂げているらしい。
ところが先日1月12日に大蔵本町を訪れたら、復興計画から取り残された路地裏の風景がまるで子供の頃の建物をそのままにゴーストタウン化している。
また、ショッピングモールができたこともあって、子供の頃、一番賑わっていた大蔵市場はまるで遺跡状態になっているし、その周辺では買い手のつかないさら地も点在する。
あの懐かしい人達はどこへ行ってしまったのだろう。
せめて大切な思い出として、自分の記憶の中からだけはこぼれないようにしたい一日だ。
# by jun_hara | 2016-01-17 00:13