たそがれ(cover)



たそがれ 作詞作曲:小田和正

夕陽が落ちる ビルを横切って
やがてみんな 見知らぬ人になる
過去も未来も 別れも出会いも
ひとつになって 静かに 時は 止まる
愛はたそがれ 光とかげに酔い
すべては 夢うつつ

彼女に伝えて 悲しいうたは
続けないで 恨みも もう 消えたから
あの終りのことばも 最後の夜も
今では もう 遠く 時の彼方
街はたそがれ ゆき交うひとの流れ
つつんで 暮れてゆく

信じればいい 追いかければいい
愛はたそがれ すべては夢うつつ
信じればいい 追いかければいい
愛はたそがれ すべては夢うつつ


# by jun_hara | 2017-08-08 03:15 | music

一年間

早いもので大学院に入学して一年が過ぎる。
4月になれば一年前と同じく、我々が歓迎していただいたことを担当することになった。

今月は、東京から引き揚げてきてからも縁が続いているか、新たに縁があった人たちと毎週のように合っていた。
近況を聴いているだけで、時代の変化の速さか、歳のせいかはともかく、誰もが想定もしていない展開になっているようである。
そんな話を聴いたり、自分の事を振り返ってみると、不思議なもので、「時の力」は個人の意思とは関係ないところでバランスがとれているように思えてくる。
ある意味、七転八倒した結果が振り出しに戻り「下手な考え休むに似たり」で原点に戻ったりする。
これは、「考えるな」ということではなく、「真面目にやっていたことは、なるようになる」という解釈で。
つまり、物理的年齢を考慮すれば、加算法で展開するほうが不自然に思えてきて、そぎ落としていく過程として戻ってきたように思えるのである。

元々は自分でもそう思ったいたはずで、今はニューヨークへ行かれた先生へ送らせて頂いたメールの言葉が以下のようなものだった。

結局、万事休すだと思っていた事も、元々やろうとしていた研究に戻りつつある。
要するに、何を言われても、どんな評価が出ても、「やってやろうじゃないか」と思えてくるのである。

メール件名:「負の力」について
送信日:2016/05/08 (日)

挨拶文省略
 ケーパーの言う「Negative capability」は、日本語に訳すと、否定的な事柄に耐えられる能力である。
どのような人にとっても人生や社会は理不尽なものにまみれてるし、決して思い通りになることばかりではない。時には個人の力では何ともしようがないこともたくさん起き、そうした時にでも何とか生きていかねばならないのが人生である。このような受け入れがたい体験についてネガティブな関係を生き抜くことにより人間の底力となっていく。
 しかし、この能力は器質的に備わっているものではない。受け入れがたい体験をあるがままに受容するのは、一人では成し難く、ある一定の期間を通じて、その体験にまつわる感情などを追体験(または想起)する必要さえ出てくる。ここでの原体験と追体験の違いは、体験に関わるセラピスト(またはカウンセラー)など、「見捨てない他者」の存在の有無である。しかし、この存在は外科医のような治療をしてくれるわけではない。最後に自分を救うのは自分しかいない事に気づく道程までの他者存在を意味する。
 この意味においてセラピストとクライエントがネガティブな関係になっていることを話し合いの土台に乗せ、それがどのような意味を持つのかについて二人で考えていく作業が心理療法的に必要になってくる。この過程を経て、負の追体験がクライエントの行動や思考、生き方の軸となっていき、清濁併せ呑む人生を超えて行ける「Negative capability」として『段階的に』身について行くのである。
 よって、セラピストは外科治療的な一朝一夕に解決できるといった態度で関わることは戒めるべきで、山登りに例えれば、ある程度の地図は持っているものの、登るべき道はクライアントが選択し、自らはそれに同行者として、「クライアントが途中で挫折しないためだけの最低限の配慮」を持つといった態度が問われてくる。

引用・参考文献省略
# by jun_hara | 2017-03-18 21:10 | 独り言

今年最後のレコーディング



襟裳岬

G Bm/ Em / G Bm / Em /

G Em G Em G
北の街ではもう 悲しみを暖炉で
Em Bm Em
燃やし始めているらしい
G Em G Em G
理由のわからないことで悩んでいるうち
Em Bm Em
老いぼれてしまうから
G Bm Em C
黙りとおした年月を
G Em Am D7 G
ひろい集めて 暖 め合おう
C G Em Am D7 C G / C G /
襟裳の春は 何もない春です

G Em G Em G
君は二杯めだよねコーヒーカップに
Em Bm Em
角砂糖をひとつだったね
G Em G Em G
捨ててきてしまった わずらわしさだけを
Em Bm Em
くるくるかきまわして
G Bm Em C
通り過ぎた夏のにおい
G Em Am D7 G
想い出して 懐 かしいね
C G Em Am D7 C G / C G /
襟裳の春は 何もない春です

G Em G Em G
日々の暮らしはいやでもやってくるけど
Em Bm Em
静かに笑ってしまおう
G Em G Em G
いじけることだけが生きることだと
Em Bm Em
飼い慣らし過ぎたので
G Bm Em C
身構えながら話すなんて
G Em Am D7 G
ああ 臆病なん だよね
C G Em Am D7 C G / C G /
襟裳の春は 何もない春です

C G Em Am D7 G
寒い友達が訪ねてきたよ
C G Em Am D7 C G / C G /
遠慮はいらないから暖まって ゆきなよ

G Bm/ Em / G Bm / Em / G Bm/ Em / G Bm / Em / G Bm/ Em / G Bm / Em /
# by jun_hara | 2016-12-31 23:34 | music

旅の効用

東京に住んでいる時、喧騒から脱出するために、週末多くの国内旅をし始めた。
最初は旅慣れていないことから、レンタカーを借りて、大掛かりな計画ばかりをしていたが、そのうち草津温泉という1泊で行くのにちょうどいい場所に固定化していった。
しかし、この観光地、山奥にあるため、食事の選択肢が非常に限られている。そこで出会ったのがオーナーシェフの経営するペンション・レザンだった。

草津温泉は日本で最初にペンションが開業したところである。皇室と関係の深い軽井沢と勘違いしやすいが、軽井沢の場合、ペンションではなく別荘地のメッカである。この二つの土地は車で30分の距離であるから、ほぼ同じ環境のように思えるが、軽井沢は浅間山の南に広がる地域で今や新幹線通勤さえ可能になっている。方や、草津は白根山の麓にある陸の孤島である。また、白根山は本州で一番早く紅葉が始まるのであるが、それもこの山自体の標高故である。

話を戻して、なぜペンションを定宿にしたのかは、料金と立地条件だった。草津温泉の日本旅館の宿泊料金は、関西の有馬温泉レベルであるから、決して安くはない。しかし、ペンションの場合、1泊2食で1万円を切るのが通例になっている。また、湯畑の喧騒から徒歩で10分離れたエリアがペンション村であり、静かな散策が可能になる。
それに僕個人の性分であるが、人とペースを合わせて旅をするのが苦痛なのである。
バブルの頃はバカみたいに、二人旅やスキーや音楽合宿を楽しんでいたので、生来の一人好きなわけではないが、一人旅に嵌ってからは、滞在先の歴史・文化・風土にできるだけ浸りたいため、旅の時間で会って話したいと思うのは、現地の人か、旅先で偶然出会った人であり、そこで交わされる言葉は明らかに新鮮味が違うことに気づいたのだった。

2年前までは10年以上、毎年紅葉シーズンの草津バス旅を続けていた。
2013年、JET-STARなどのLCCが成田空港を拠点に日本全国を飛び始めて、北海道から沖縄まで往復1万円以内で行けるようになった。当時の住居は成田へ向かう直行バス(東京シャトル)乗り場の日本橋まで徒歩30分だった。このバスは電車が最低でも片道2,000円以上はかかるところ、900円であるから、現地で使う交通費を除くと、往復ほぼ1万円で済む。宿はNetが完備されていれば、ほぼ不便がないところを予約。よって、夕食の店だけを奮発してカウンター席の予約だけを入れておく。夕食はカウンターで店の人や地元の常連さんと話をする。だから、ある程度地元のことを知っていないと話にならないのであるが、それは前もって調べていて一番面白いことだし、実際にどうなのかは現地の話を聴くまで質問するための仮説として持っておけばいい。これだけで初対面でもいろいろ話に花が咲くし、次の日に歩く場所の情報源にもなる。しかし、なにより現地のイントネーションに交じって話している会話そのものが、同じ国でありなが微妙に違うところに新鮮味があるのだ。

日常に追われていると、まるでこの世に存在する人間は同じコミュニティの人かメディアを経由して認知している人だけだと思いがちになる。しかし、非日常の環境に身を置いて、ちょっとばかりの近い距離で会話をするだけで、生活世界が広がる。
また、旅となると、どうしても経費のことを外せないが、最初はピンポイントで有名な観光地巡りから始めても、何回か同じ場所へ行ってみるだけで、新たな隠れ家的な居場所になる事がある。
世界情勢不安で海外旅行が難しいのであるが、かえってこれは国内旅行の魅力を再発見する機会である。

ここのところ地方を歩いていて思うのは、高齢化率と過疎化のスピードの速さであり、中国人観光客の増加率も顕著である。このままでは、10年後、地方都市は限界集落化するのは明らかで、若者が大都市圏にしか存在しなくなってしまうだろう。
もしかしたら、現地の言葉で触れ合う旅も今のうちだけなのかもしれない。
そうならないうちに、できるだけ多く、安くて美味くて深くて楽しい旅をしておきたいものだ。
↓旅の記録
http://junhara.net/Column.html
# by jun_hara | 2016-08-31 15:29 | 独り言

Go on your Natural Way.



久々のレコーディング。
新たに曲作りする気力もないので
過去に作ったものから選ぶ。

これ、大学卒業後1年以内だっただろうか。
当時はアップテンポを考えていたけど、
今となれば今回の方がしっくりくる。
単純に年老いて
速いのについて行けなくなっただけかも。

とりあえず、アレンジとミックスはこのままでいい。
コーラス収録で限界に来て妥協が見えるけど
ストレス発散にはなったもんなあ。
# by jun_hara | 2016-08-08 22:20 | music