「神田川」と「チャイコフスキーピアノ協奏曲第1番」



だいたいにおいて、音楽家に浴びせられる質問は、「あなたにとって音楽の原点になっているものはどんな曲(アルバム)ですか?」と言うもの。
僕はこの質問自体が愚問で、これまで適当に答えてきた。
少なくとも僕らが聴いてきた音楽は犬で例えれば雑種に近く、一発でこの曲なんてない。
むしろ「この歌からはこの歌詞に感動して...」とか「この曲のこの前奏のアレンジが絶品で...」とか、一言で言えるはずもない。
だから正確に言及するとしたら「三日はかかるよ」と言うのが本当のところ。

まーそれでも「楽器を始めた切っ掛けは?」と言うことなら語りやすい。

もともと僕が楽器を始めたのは、中学2年生のお別れ会1週間前に、何か面白いことをしたいと思った連中(と言っても3人だけ)が「教室でライブをしよう」というのがきっかけだった。
ボーカルはもう故人になっている橋本一美がすぐに決まったけど、その後、何を唄ってどんな編成にするかなんて考えもしなかった。
決まったのは、曲が「神田川」。
「っで、誰が伴奏を?」ってことで、結局僕と藤原がギターをすることになったけど、藤原はその時点でギター歴0。僕もFも押さえられないし、音楽理論の知識も0だった。
しかし、追い詰められた時はそれなりの知恵がでるもんで、「B7以外は兎に角、ギターの5,6弦は無視して4つ弾きのアルペジオならいいんじゃない。」といういい加減な結論で本番をむかえた。
結果は大成功!...って言うか、今思えば、田舎ではこれほどまでライブに対して、いいかげんな情報量の時代だったんだと思う。

まーこれがきっかけで今に至る「人前でやる音楽活動」が始まったわけだけど、それは演奏の原点。
「それまでに音楽の感動はなかったのか?」と言われればいっぱいある。
その一つが今回の動画「チャイコフスキーピアノ協奏曲第1番」。
この曲だけは小学生の時からレコードで何度もステレオで聴いていた。
しかしこの曲全体に感動した訳ではなく、僕が感動したのは今のポップスで言うフックなのだ。
録音機器もない時代のフックは講演や落語で言えば「最初の30秒で客の心をつかめるか!」という課題。
当時は音楽も同じ。この曲の出だしは誰もが知っているけど、ライブで聴けば感動間違いなしなのだ。
ある意味、ポピュリズムというか、売れ線狙いなわけだけど、この「売れ線狙い」を実践するほど難しいものはない。

僕らは幸せなことに高校時代の文化祭の一部として、朝比奈隆指揮の大阪フィルでこの曲の生を、明石市民会館大ホールで聴かせて貰った。

今はすっかり聴かなくなったけど、僕は今でもこの曲の出だしは傑作だと思っているし、弾き語りでこれほどの度肝をぬくライブをしてみたいといつも思っている。
例えば僕が一番尊敬する編曲家の萩田光雄さん。
曲で言えばちょっと古いけど久保田早紀の異邦人とか。
この曲は僕の師匠である寺門一憲さんがSONYの新人オーディション決勝で負けた曲だとも聞いている。
演奏力や演出力から言えば遙かに寺門さんのほうがプロフェッショナルだけど、売れ線狙いだとこのアレンジには太刀打ちできなかったのだろう。
これは歌詞や主旋律も悪くはないが、前奏がペルシャの市場を思い浮かべるほど前例のない度肝を抜く始まりでありながら、アレンジが主旋律の脇役として1小節ごとに見事なほど連なっている。

後は岡村孝子の天使たちの時かな。
この時代(今も)の岡村孝子の曲はダイアトニックコードを外れないどころか、だいたいが下降進行と循環コードなど、シンプルなコード進行上のメロディーしかないのに...だからこそかな。
アレンジが隙間の多い箇所を見事に埋めていて、歌詞からふくらむイメージを確実に表現している。

ああ、もっと音楽にさける時間と金があればな~。
by jun_hara | 2010-06-05 23:13 | music


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