The Crossloads Of My Life



僕が東京でライブ活動を始めたのが1998年の10月だった。
当時出演日は3ヶ月に及ぶIBMの原価計算システム完成を見届けた次の日だった。
場所が元IBMのノーブック製造の工場内で湘南台駅からタクシーで2メーターの距離。
全員駅前のビジネスホテルに泊まり込み8:30から翌日2:00に退社する強行日程。
しかし、必ずホテルに帰ってからは持参していたギターで最低1時間は練習をしていた。

事の始まりは1998年5月からのYAMAHA新宿クラッセ・シンガーソングライターコース生募集に申し込んだ時。
初回は初心者コースだったけど2回目からは最上級クラスに移るよう促された。
「それじゃー両方参加させて下さい」と言うことで両方のレッスンを半年間通うことになった。

初心者コースではみんな本当に音楽を楽しみながらやっていて、
レッスンが終わった後はみんなで飯を食べながら、夢を語り合ったり、カラオケに行ったりしていた。
それと当時僕が住んでいた四谷のマンションで半年1回に行われる発表会のリハもやった。
初心者コースのメンバー出演時は全曲、ギターまたはピアノでバッキングすることになっていたから。
要するに初心者コースのメンバー全員を集めて自宅でパーティー気分の練習したのだった。

これは最上級クラスのメンバーにはなかった。
全てが我先にとプロになりたいメンバーばかりで、しかも全員女性だったから。
交流なんてあるはずもなかったのだ。

その後、最上級クラスでも全ての音楽理論の理解とピアノもギターもコードが解れば即興演奏ができてしまうことも含め、自作曲も100を超えていたので
講師である五十嵐先生の命令により既にライブ出演しているレッスン生仲間に紹介された四谷コタンから僕のライブ活動が始まった。
その後の経緯は僕のコラム大人になって音楽を習うと言う事に書いた通り。

さて毎日状況が進む中、以下のブッキングが決まった。
2012/8/24金曜日 南青山MANDARAにてソロライブ。
これはSPCの伊藤さんからの要望で僕のパフォーマンス能力を見極めるための出演。
だからノルマはなくチャージバックがある。
このハコは高級ライブレストランのランクだから、まさかこんなに早く出演できるとは思っていなかったが。

2012/10/28日曜日 スターパインズカフェでフルバンドによるレコ発ワンマンライブ。
こちらもノルマはなくチャージバックがある。
だからこそ、いずれのハコも一定のパフォーマンスレベルをクリアしていないと出演はできないのだ。
ノルマを払うハコなら金で解決する。
逆にノルマがない分、相当準備をしていなければプレッシャーに負けてしまう。
まーこれまで目黒雅叙園、ロイヤルパークホテル、ホテルオークラなど
数々の披露宴会場でやってきたから準備を怠らなければ自信はあるけど。

しかし何事も油断大敵だから自信が過信にならないよう自らを律する努力を肝に銘じ挑戦してみる。

明日、一部の音楽仲間と打ち合わせも含めて上野で飲み会。
土曜日はスセリさんから赤坂グラフィティでのライブ招待状が届いたので、楽しんできます。
数年前、赤坂グラフィティのブッキングマネージャーであるクボフミト君からは、僕が総合プロデュースをやっていた軽井沢フォークライブの話を聞いていたらしく、「うちでもイベントをやって下さいよ。」と言われていた。
なので、まずはレコ初ライブが無事終わったら試行錯誤してみるつもり。
まー来年以降だろうな。

いずれにしても日程が決まった以上逃げることはできない。
ただただ練習に怠りがないよう頑張る。
勿論、集客努力も。
詳細が決まればliveのページを更新します。

今回のおすすめ動画は1996年5月21日に発売された「古内東子 / 誰より好きなのに (pv)」 です。
本物は色あせないね。
by jun_hara | 2012-08-03 00:20 | music


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