キャリアアップ



昨年、スイス在住HILTIのシステムエンジニアである荒川さんと今回のタイトルについて話したことがある。
それは我々ITに携わる立場で食っていくなら「独学できるのが当たり前」と言うこと。
※HILTIの日本法人は日本ヒルティ 株式会社であるが本社はリヒテンシュタイン、IT部門は本社に隣接したブックス(Buchs)というスイスの東部の町にある多国籍企業である。

日本では一般に正社員になれば教育は会社がしてくれると勘違いしている者が多い。
また、最近ではリーダーの指示を「これは自分のキャリアアップにならない」と当然のごとく断ることがしばしば。
しかし、前回のプロジェクトではそれはなかった。
僕を含め、チームメンバーの殆どが個人事業主だったからである。
この立場であれば、自ら新しいスキルや技術情報の収集をしなければ食っていけない。
それどころか存在理由もないのだ。
勿論、青色申告をするわけであるから見積もりや経理を知っていて当たり前である。

これはフリーの立場だからではない。
今後、会社というものが多国籍になればなるほど
このグローバルスタンダードが当たり前になってくる。
僕の周りでは未だ雇用ありきで正社員が安定だと思っている人達がいるが
それは大きな間違いである。

僕は学卒後、就業したのがプロクター・アンド・ギャンブル・ファーイーストインク...
要するに現在神戸に本社があるP&Gの幹部第一期候補生であった。
※当時の本社は大阪市の淀屋橋だった。
  ちなみに現在のロゴは僕の提出したフォントが採用されている。
しかも日本人トップだった吉野さんと言う方の肝いりで入社したから
待遇も発言権も確保されてのことだった。

入社2週間の研修では、前年に買収したヴィックスドロップの新入社員もP&G社員として扱われ、社員教育は全てP&G人事本部が行い
元ヴィックスドロップの人事担当者達は、まるで発言権のない参観日のように研修室後方で立っているだけだった。
※現在のヴィックスドロップは大正製薬に売却されている。

そして研修後は当時では珍しかった直行直帰で、割り当てられたエリアの販売開拓(今で言うマーケティング)を受け持つことになる。
※当時のライバル会社(花王、ライオン)では半年の研修を行い、直行直帰はない。
  P&Gの判断では朝出社し夕刻に帰社する時間があるなら4つの営業先が7つまで可能という判断であり
  日報と経費にかかった領収書などの書類は毎日郵送する制度だった。
  また、大学4回生の秋に静岡で開かれたアリエール商品発表会を含む研修旅行帰りの食事で
  吉野さんに「どうして本社を東京にしないのですか?」と訪ねたら
  「いい質問だね。
   アメリカから見れば東京と大阪の距離はたったの700km。
   それならば住環境がいい関西を選択したまでのこと」だそうだ。
  当時のマーケティングリサーチは日本が一番商品の品質に厳しく、調査の候補は静岡が標準とされていた。

この時点でも、完全に差別化がされており、担当エリアの規模に比例して評価がなされるシステムだった。
僕は販売本部に属し、担当エリアは大阪府北部・京都府南部(京都市全域を含む)・奈良県全域だった。
昔で言う畿内全域である。
当時一番心許せる同期だった宇佐見の大阪市内全域に次ぐ2番目の規模だったのだ。

現在は知らないけど当時の販売本部の営業は
各自、自己申告で住居を申請し、社用の自動車は会社が提供するものでも、自家用車でも選択でき
行きたいセミナーや研修が有れば会社に申告し殆どノーチェックで行くことが出来た。
住居においても自己申告により一人暮らしには広すぎる部屋でもノーチェックだったし
直行直帰だから通勤地獄とは無関係でいられた。
自動車も私用で使ったとしても
全てガソリン代だけを自己申告すれば自由だった。要するにザル会計だった。
※住居については商品サンプルが届くため、3LDKが普通

ただ、ここまで書けば天国のような会社と思うかもしれないが、
日本企業ではかつて当たり前だった終身雇用とか年功序列という概念は全くない。
結果がでなければ直ぐにとは言わないがレイオフになる。

詳しくは書かないけど、僕は大学卒業前に精神的に破綻していて、吉野さんの期待には応えられなかった。
僕自身3ヶ月を待たず、吉野さんにギブアップを告げたのだった。
吉野さんからは
「それは原君の能力のせいか?それとも部署がマッチングしないせいか?」と言われたが
僕は「前者です。」と答えて退職した。
もし、後者を答えていたら、おそらく人事本部や宣伝本部でしのげたかもしれない。
しかし、同期の親しい同僚だったやつが、人事本部希望で入ったのに販売本部に無条件で配置換えさせられたことなどもあって、
流石に当時の僕の選択としては後者を選べなかったのだ。

以前、僕のビジネスパートナーだった八木さんにP&Gに居た事を語った時
「原さん。凄いいいところにいたんじゃないですか。そんな会社を辞めて後悔してません?」
と言われたことがあった。
ぶっちゃけ現在のP&Gを表面的な情報から見ればそう思うだろうけど、これほどシビアな会社は見たことがない。
今なら耐えられたかもと思うことはあるが、現時点ではいい経験をさせてもらったと割り切っている。

話がそれたが
現在において、そして直ぐそこに迫る未来において、これらのドライな環境はどの業界でもそうなるだろう。
ネットが普及した状況の音楽業界においても現状に甘んじることなく努力精進しなければ一切金にはならない。
それどころか逆に虎の子を注ぎ込むことになる。

要するに「夢をあきらめない」のであれば、
・具体的に商売の経営理念を咀嚼した後、決断し
・具体的な販売目標を時期のはっきりした数値で示し
・それらを行うためにはどういった具体的な戦略を持っているのか
・そして現在の自身のスキルと到達するための計画を判断する経験が充分か
・コンプライアンスなど商談に必要な最低限の法的な知識を有しているか
などを具現化しなければ、ただの戯れ言に終わる覚悟が必要なのだ。

それがなければ創業は易く守成は難しの如く、破綻だけが待っている。
最低限のPDCAサイクルブレインストーミングしなければ
どんな仕事もプロジェクトも企画ライブも成功には繋がらない。
過去の失敗から学ばず、時代や社会のせいにしていたのでは進歩などありえないのだ。
それこそが心理学で言うところのセルフモニタリングである。
この文章を書くためには1時間以内と決めたように。

今回の音楽は鈴木康博さんの【ロンド】です。
by jun_hara | 2012-08-22 22:53 | 独り言


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