私の西日本遷都論


【問題提起】
あと
4
日で東日本大震災から4年が経つ。あれから何が解決されただろうか。
東北3県は復旧どころか、福島第一も小出しにされる東京電力からの情報で、小出裕章先生が主張してきたような現実は、やっと社会的認知が始まったばかりである。
ただし、これは一部ネットの世界では周知のことであり、ここでいう社会とは、未だネットを情報ツールとして認識できていない多くの大人のことである。
これは私の親や周りの教職員をはじめとする「古いメディアから逃れられないガラパゴス状態の大多数の人達」を言っている。

東北3県においては、公務員の10人に1人が、自殺念慮を抱いたことがあると報道されている。(NHK News Web23)
大新聞やNHKの定時ニュースからしか情報を得られない人達は、

「地方からも応援で公務員や臨床心理士をはじめとする対人援助職の人達が訪れている」と言うが
それならなぜ状況は悪化するばかりなのだろうか。
実質、被災地に派遣された人達には「被災地でないところの生活圏」を持っており、出先へ行くのも、たかだか2年以内である。
復興に10年はかかるというのに、これでは「被災地に住むしかない人達は見捨てられた」も同じではないか。
もとから過疎化も原発汚染もなかった阪神淡路大震災をそのまま成功モデルにしても、東日本の復興などできないことは、もはや明らかなのだ。


政府がやる復興計画の殆どは少子高齢化と過疎化の土地に、土建屋だけが儲かる、被災者受け入れに対して無計画な復興住宅や盛り土を作るばかり。
原発被災地では、なんの根拠もなく多額の国費を使って、できもしない除染と言う偽善を続けてきた。

その結果、除染と言うまやかしの中から出てきた核のゴミを置く中間貯蔵施設さえ決まらない。

小出先生が述べられたように、はなっから除染なんてできないのだ。
それなのに小泉ジュニアや無知な有名人は「福島の子供たちを故郷に帰そう」と言う。
いったい、どんな場所へ帰すつもりなのか。
偽善や情に訴える報道に気づかず、これらのバカどもに感激している大人の気が知れない。
首都圏でもホットスポットは解決していないし、東日本の太平洋に面した海で取れる海産物は食べられたものではないのだ。

今の自民党・公明党と支持者・有権者は、もうすぐ、賞味期限が切れたことを思い知るだろう。
少なくともドイツをはじめとする西欧では、これに気づいており、報道がされている。
しかし、霞ヶ関と財界は首都圏にへばりついて、これまでの利権で食っていくつもりだろう。
その結果、多額の財政赤字を背負わされた未来の大人たちは、絶望的な環境にいることを知らされるだろう。

今でさえ格差拡大の異常さや、過疎に貧する地方の現状はオリンピックバブルにかき消されて、首都圏では能天気な「景気対策」を盲信して人口過密が続いている。
それでは首都圏の生活がそんなに地方に比べて「幸せ」なのだろうか。
一部の既得権益の恩恵にあずかる人達は「幸せ」だと言うかもしれない。
しかし、それは「今さえ良ければ」という前提をつけなければならない。
オリンピックが終われば(できればオリンピックなどなくなった方がいいが)、今建設ラッシュになっている、港区・江東区・台東区・墨田区などの高層マンションの資産価値は一斉に下落する。

それ以上に既存の不動産価値も下落するだろう。
今でさえ、世田谷区などの豪邸では、独居老人が多くなっており、郊外に建てられたニュータウンと言われる地域でも高齢化の歯止めがかからない。
それにも気づかず、多くのサラリーマンが、朝は狂ったような通勤ラッシュで神経をすり減らし、仕事以外には思考力が働かない状態で帰宅する。
そんな人達にネットのような主張を叫んで聴いてもらえるだろうか。

少なくとも昨年末の私には今を生きていくだけで精一杯で、どうでもいい話であった。

スイス在住の友人から聴いた話だと、スイスに住む外国人は、「通勤に1時間以上かかれば、転職する」と言うのが常識らしい。
考えてみれば、日本でも1964年の東京オリンピックが始まるまでは、今のような通勤ラッシュはありえなかった。
車社会がいいとは言わないが、関西圏をはじめ地方のサラリーマンには、首都圏のような生活は考えられないだろう。

私が初めて社会人を経験したP&Gは、神戸の六甲アイランドに高層ビルの本社がある。
私が勤めていた時は大阪の淀屋橋・高麗ビルが本社だった。
入社する前に当時の日本人トップであったY氏とこんな会話をしたことがある。
「P&Gはどうして東京に本社をつくらないのですか?」
「それは簡単だ。住環境が違う。
 それにアメリカから考えれば、東京・大阪間なんて飛行機ですぐの場所である。
 これだけでも本社を大阪にした理由にならないだろうか。」
これが多国籍企業の成功の秘訣である。

それでは、根本的に何がおかしいのだろうか。
そもそも、東京一極集中はそんなに古くない時代のことである。
今から四半世紀前のバブル期に、大阪に本社があった大企業(銀行、新聞社、大手メーカー、大手商社)は、とっとと大阪本社を閉鎖して東京へ行ってしまったのだ。
それまでは首都圏一極と言っても今のような状況ではなかった。
大阪の地盤沈下はこの時始まったのである。
しかし、安易に大阪遷都論に賛成しているわけではない。
弱者切り捨ての第2の東京を作る遷都構想など、誰の幸せにも、つながらないからだ。

【考察】

日本のこれまでの歴史を振り返ってもらえれば、おおよそ想像ができることだが
この国では、時代の変わり目は全て例外なく遷都が行われてきた。
中学時代に歴史をまともに学んだ人なら解るだろうが、時代の区切りは「都がどこにあったか」でなされている。
これはただの年表上の絵空事ではなく、日本において物理的に政治が腐敗した場合には首都の浄化が必然だったからだ。
それでは「都とは何か」になるが、これはいたって簡単な定義である。
「皇居があった場所」である。
江戸時代までは「御所」と呼ばれており、京都御所は1000年以上、天皇が住まわれていた場所なのである。
明治維新において、大久保利通は「列強に対峙することを考えても、大阪遷都すべし」と訴えた。
しかし大久保は、その主張を通すことができなかった。
では誰がそれに反対し、当時の江戸を東京にする主張をしたのであろうか。
これは未だ歴史的検証が行われていないのだろう。
それとも、私が無知であるのか、または一部の学者が隠しているのかもしれない。

少なくとも大学までの授業で教えてはいない。

いずれにせよここまで書いてきたように、東京が首都である必要は、既得権益をむさぼる人達や、それにすがって生きていくしかない人達の御都合で成り立っている。
事実、私自身も昨年末まで東京に25年間住んできた。
理由は至極簡単な話で「地方には仕事がないから」である。
今もその現状は変わらないが、ネットでいくら政権批判をしたり、反原発を叫んでも、何も変わらないことは周知のことだろうと思う。
結局のところそれらを叫ぶ人達は、首都圏や東日本に居る自身の親類については、これについて口を閉じてしまう。
しかし、それは歴史を体得せず近視眼的な生活に追われているのだから仕方がない。

私が主張する遷都論は「兎に角、皇居を原発汚染の危険性がない西日本へ移すべきである」に始まる。
霞ヶ関や永田町にへばりつきたい人達はそのままでいい。
やがて、皇居のない日本の首都がどうなるかは自明のことであるからだ。
京都ではカンファレンスが開かれ学識経験者がこの議論を始めている。
多数の人が知らないのは、マスメディアが報道しないことと、京都以外に立地する大学や大企業が反対するからである。

facebook
で友達になった一部の人達にはこれ以上説明不要かと思われる。
兎に角、原発問題、地方の過疎化問題、移民受け入れ、少子高齢化、TPP対策の第一次産業の普及など、これらの問題を解決に導くには「まず皇居移転あるべし」が中心にならないと、日本人は何をやっても総論賛成・各論反対になって根本的な改革などできる国民性ではないのだ。

ネットで反原発やマスコミ批判、政府批判を行う人にも、これらの提案を持って論じてもらいたいというのが私の本音でもある。


by jun_hara | 2015-03-07 21:10 | 独り言


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