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高木仁三郎先生について

ここで僕がいつから反原発を意識しだしたかについて、避けて通れない存在である、高木仁三郎先生について、
そしてそのきっかけを与えてくれた朝倉俊夫(仮名)君に触れておきます。

僕と彼とはYAMAHAを通じた音楽仲間で、1999年、Natural Waysというユニットを組んでライブをやっていました。
当時、彼は高木仁三郎先生が立ち上げた原子力情報資料室にて反原発の活動をしていました。
詳細は書きませんが、僕も彼の活動を陰ながら援助していたし、環境問題、軍事産業の定義の難しさ、そして原子力やプルトニウムの情報を得ていたのです。

しかし高木先生が末期がんになり他界された後、彼はこのNPO法人から去ってしまいました。
それからは彼と連絡が取れなくなりました。
1998年12月、僕の四谷コタンライブ出演後、打ち上げで市ヶ谷にあったレストランに同席された方は解るかと思いますが、彼の中国語はネイティヴレベルでした。
しかし、作詞は恋愛経験がないためラブソングとしては稚拙で、作曲はコードを理解してなかったし、正直音痴でした。
それでもライブでは「自分の唄は自分で唄え」と命じメインボーカルは彼にして、僕はピアノ伴奏とコーラスにまわりました。

彼が原子力情報資料室に入る前の経歴
京都大学文学部卒業、同大学修士課程進学。専攻は中国文学。
しかしチェルノブイリ原発の現実を知って中途退学し、高木先生に師事する為、上京。
原子力情報資料室のスタッフになり、NPO法人認定に奔走。

以下、高木仁三郎先生に絡む動画です。

科学を人間の手に - 高木仁三郎
NHK教育テレビ「未来潮流」1999.2.6


小出先生の高木先生に対する認識

反原発のカリスマ 市民科学者 高木仁三郎(1)

反原発のカリスマ 市民科学者 高木仁三郎(2)


この世の終わりの雨が降る前に
作詞作曲:朝倉俊夫
編曲:原淳
(収録日:2011-03-24)

この唄はメッセージソングではありませんが、彼が一番広めたかった歌だったので
僕のボーカルで収録してみました。

以下その歌詞です。

暗い街角さまよう夜には愛しい面影を探す
風に揺れる長い髪と清らかな瞳を
夢を叶える道も閉ざされて 闘うすべ術も奪われて

人を思う心さえも殺されそうだけれど

この世の終わりの雨 降る前に君に好きだと告げよう
寂しさに震える胸の耐えきれない思いを
この世の終わりの風 吹く前に君に好きだよと告げよう
君と共に歩めるなら何も怖くないから
だから涙でずぶ濡れになっても
紅い傷だらけになっても 冷たい石投げられても
とにかく生き残ろう
そして僕の寂しさの全てを
僕の苦しみの全てを
どんなに君を愛しているのか 早くわかってほしい
急がなければ
この世の終わりの雨が降る前に

全て失われる日が来るまで時は残されているのか
君に思い伝えるまで僕は生きられるか
生まれてきた意味を探しながら
君の名を呟いてみる

その笑顔を僕のものにする時まで
死ねない

この世の終わりの雨降る前に
君を熱く抱きしめよう
教えてほしい
その胸に深く秘めた痛みを
この世の終わりの風吹く前に君を熱く抱きしめよう

思い切り愛してみせる
僕の命を賭けて
たとえ全てが滅びる定めでも 暗闇がいくら深くても
歯を食いしばり 腕を組み
とにかく前へ進もう
いつか僕らの流した涙が 僕らの切ない歌声が
僕らの歩んだ足跡に花を開かせるから
急がなければ
この世の終わりの風が吹く前に

この世の終わりの雨 降る前に君に好きだと告げよう
寂しさに震える胸の耐えきれない思いを
この世の終わりの風 吹く前に
君に好きだよと告げよう
君と共に歩めるなら何も怖くないから
だから涙でずぶ濡れになっても
紅い傷だらけになっても
冷たい石投げられても
とにかく生き残ろう
そして僕の寂しさの全てを 僕の苦しみの全てを
どんなに君を愛しているのか早くわかってほしい
急がなければ
この世の終わりの雨が降る前に

急がなければ
この世の終わりの雨が降る前に


by jun_hara | 2015-05-03 11:55 | 情報 | Comments(0)


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