「一人でいられる能力」はウィニコットが「情緒発達の精神分析理論」で提唱した概念であり、高度に知的加工の加えられた現象である。 そこには多くの貢献的な要因が潜んでおり、情緒的成熟と密接に関連している。一人でいられる能力の基礎は、誰かと一緒にいてしかも一人でいる体験である。このようにして弱い自我機構をもった幼児は自我の支持をたよりにして一人でいることになる。 自我の関係化の枠組のなかでイド関係がおこると未熟な自我をだめにするよりむしろ強化する働きをもつ。次第に、自我を支える環境はとり入れられ、個人の人格のなかに組み込まれる。そこで本当に一人でいられる能力ができあがる。 この概念は現代の日本の教育環境においては、もっと流布されるべき概念である。 具体的には、いじめや引きこもりが社会問題になって孤立することが問題視されがちであるが、子供の頃に孤立する体験は決して負の側面だけではない。 むしろそういった経験をする時期においては「どう生きるかを考える重要な能力の発達要素」として捉えた方が良い場合が多いと思うのである。 ここでは孤立を勧めているわけではなく、人生にはいずれそういった時期が訪れる時があり、それに直面する経験は早いに越したことはないという意味であり、また、この経験をする時には、親に限らず他者の見守りが必須として前提にある。 一般的には「人はひとりでは生きて行けない」「友達は多い方がいい」という前提が支配的であったが、個人の内省はひとりの時間において成熟する。この時期を経ずに自立した大人同士の関係性が成立することは難しい。男女関係においても、性行為の後に一人の時間を楽しめないというのはどこかしら、この疑いをもったほうがいいと考えれば解りやすいだろう。 ただ「真の孤立無援」についてはどうだろうか。 「一人でいられる能力」は乳幼児期に成立する能力であるが、その後の児童期、青年期を経て、成人期に至るまでは理解できる。この能力の前提には「離れていても大切な人は存在する」という認知が前提にあるからだ。 しかし、中年期に多い離婚や老年期における配偶者との死別においてまで「一人でいられる能力」は適応できるのだろうか。 少子高齢化と都市化によるコミュニティ崩壊が圧倒的な速度で進む中、孤立世帯の急増は避けられない。 近年の中高年男性の自殺率の高さは物理的にも心理的にも「真の孤立無援」になったことが引き金であることが多いと思われる。ここでの不思議は、この理由による自殺者が女性ではないことである。 日本の平均寿命は1990年が女性81.90歳,男性75.92歳で2014年が女性96.83歳,男性80.50歳であり、ほぼ15歳差が続いている。要するに高齢者の一人世帯は圧倒的に女性が多いのである。 ここで重要なのは「一人世帯=孤立世帯ではない」ということである。要するにレジリエンスの因子として、「I HAVE(他者との信頼関係を築き、ネットワークを広げる力)」を掲げられるが、この点においても女性の方が男性よりも圧倒的に強い。 逆にこの仮説が成り立てば、男性のほうが「一人世帯=孤立世帯」になりやすいと言える。 もしこれを予防するとするならば、「男子たるもの」といった時代錯誤の信念を修正し、孤立による「うつ」の偏見を軽減していかなければならないはずである。 中年期以降、日ごろから仕事以外家族以外の「深くてあとくされのない関係」があってもいいといった常識が成り立つよう、社会意識が変わっていくべきだと思うのである。 少なくとも「深くてあとくされのない関係」を酒場のママだと思ってはいけない。 酒場で甘えられるのは「うつ」になっていないからであって、もし「真の孤立無援」になって、そんな場所に頼ったら、取り返しのつかない状況になるか、店を追い出されるのがオチである。要するに夜の世界には快楽や癒しはあっても、倫理規定や心の危機に対する専門性はない。 つまるところ、今後の臨床心理士が食っていく領域として、男性の一人世帯等における「金を払って人には言えない話を聴いてもらえるシステム」として機能することが求められると思うのだが、はたしてどれくらい現実味のある話なのだろうか。
by jun_hara
| 2015-08-07 07:07
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