心理臨床の基礎総括



2013年、東京のある有名私立大学の教授(臨床心理士かつ医学博士)が学部生の最初の臨床心理学講義で「臨床心理学は人生相談ではない」と述べられた。
この発言についての判断は保留する。
なぜならアメリカの臨床心理学の定義はそうであっても、日本独自の心理臨床という概念をもっては「個人の人生」なしに介入できないと思われるからである。
また、心理臨床という概念自体が臨床心理学と誤解される概念であるという批判もある。
これについても今後の研究課題となるだろう。
兎に角、臨床心理学の諸理論や概念は「どれだけの根拠をもって対人援助に役立つか」につきる。
河合隼雄は、「心理療法とは、悩みや問題の解決のために来談した人に対して、専門的に訓練を受けた者が、主として心理的な接近法によって、可能な限り来談者の全存在に対する配慮をもちつつ、来談者が人生の過程を発見的に歩むのを援助することである」と述べている。
また、倉光修は放送大学のスクールカウンセラーの授業最初に「知識は人を優しくする」と述べている。
一個人として科学的表現でない意見を書くと、これらの定義や見解を信じてきたからこそ、この歳にして臨床心理学の道に切り替えた。
もちろん、30年前の心理学と今のそれが同じではないことが、この1年間で一番痛感した事であり、諸理論に対する困惑にもなったのであるが、それらに対する確信をもった答えはこれからの課題として、この1年、大学院受験で学んだことを出来るだけ簡潔に解りやすく、かつ、誤解のないよう一気に書いてみる。
ただしあくまでも基礎なので、細部やその応用についてはこれから研究していく前提で記しておく。

心理療法は現在、300種類か400種類あると言われているが、その中でも3大理論というものがあり、日本の臨床心理士資格に問われる必須の知識となっている。
一つ目はオーストリアのジクムント・フロイトを祖とする精神分析学派であるが、フロイトは無意識の重要性を主張し治療関係において患者との中立性を強調した。
その後、アメリカでは「精神分析の無意識と言う概念自体が科学的に実証できないもの」であり、科学性を重視する立場から、全て観察可能な行動に着目し、人間の学習による変容を客観的データから明らかにしようとする行動主義があらわれた。
しかし人間の内的世界を行動のみに限定して解釈することから「心なき心理学」と批判されることになり新行動主義などの分派を生むことになる。
第2次世界大戦を挟んで、カール・ロジャースを祖とする人間性心理学という第3勢力があらわれる。これは「人間には本来、自己回復力があるもので、個人の理想自己と現実自己の不一致が悩みの原因であり、これらを一致しさえすれば自ずと自己回復する」といった立場であり、技法よりもカウンセラーの態度に重きを置く。

それぞれの学派はそのままの流れから批判を繰り返し、分派を生み、今に至っているが、現代の心理療法として効果がないことから、当初の主張を単純に間違った心理療法であると結論づけるのは、心理療法に対する正確な理解をしていないことになる。それぞれの学派が誕生した時代にはそれなりの背景があり、理論を組み立てた根拠には、セラピスト自身の人生が関わっている。例えば、フロイトの時代であるならば、それまでの神経症の治療として「子宮を切除する」と言った現代ではありえない方法が用いられていた。これは神経症(ヒステリー)の語源が子宮を意味していたからであるが、フロイトは「無意識に抑圧された記憶をセラピストに語る事」で治療できる方法として精神分析理論を組み立てた第1人者である。この原点なしにその後の心理療法は展開しなかったことになる。また、行動主義もその後、認知革命を経て認知科学と交わり、今では心理療法の主軸となっている認知行動療法(CBT)に至っている。人間性心理学は当初ロジャース自身が技法を軽視したが、その後修正が加えられ交流分析などに発展している。

どの理論や技法が効果的なのかについては、クライアントを取り巻く条件によって変わってくるが、どの心理療法であれ、クライアントとセラピストの「関係性」が一番重要な因子であることに変わりがないことは、すでにデータで示されている。
要するにロジャースが主張したカウンセラーの3つの態度である「自己一致」「共感的理解」「無条件の肯定的関心」を基礎として治療関係を構築し、クライアントの同意の下、あらゆる技法を駆使して介入にあたる姿勢は共通する。

現在では社会学的な観点をもって、家族療法やコミュニティ心理学など、それまでの個人を対象とした技法から、集団や環境を対象としたシステムズ・アプローチが登場している。しかし、基本はあくまでも人間個人の理解があってこそのものであり、個人の内界と、その外界といった複眼的な知見がなければ根本的な援助には至らないように思われる。

生物学的アプローチとしては脳科学研究や遺伝子科学研究のデータから薬学療法が発展しているが、根本的治療方法として用いられているわけではないことに留意すべきだろう。例えば、21世紀になって登場したSSRIが、うつ病に対して依存性の点では副作用のない画期的な治療薬として用いられているわけであるが、DSMでうつ病判断の指針はあるものの、その原因が特定されているわけではなく、あくまでも脳内神経伝達を補修する原理に止まった作用である。また、日本では医師によるCBTが保険適応内とされているが、CBT自体は効果研究を土台にしているものの、根本治療ではない。つまりCBTは持続原因に焦点を当てる技法であり、うつに至った根本原因に焦点を当てたものではない。

いずれにしても現在ではこれら「生物-心理-社会モデル」の観点から、対人援助の実践研究をすべきことは心理職の必須条件になっているが、それぞれの知識が専門的であることや、医療・福祉職や隣接科学の多様さを考慮すると、心理の専門性と他職種との連携こそが現場で通用する第1条件であると思われる。
by jun_hara | 2016-03-24 12:41


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