スイスの荒川家

先日久しぶりにスイスの荒川家のHPにカキコした。
前回スイスにお邪魔して僕のHPのcolumnsでも書いたスイス紀行から2年が過ぎた。
あれから荒川家ではスイス永住として一戸建ての新居を完成させたのだ。僕が行った時はマンションの3階だった。それでもベランダから望む事の出来るリヒテンシュタイン方面の山並みや東京では億ションでしか観られないだろうと思う間取りには羨ましく思ったほどだった。
しかし二人の男の子も大きくなり手狭になった事もあって一戸建てを持つことになったのだ。
新築するのにおいて荒川さん(ご主人)の望みは地下室にAudio Livinng Roomを作ることだけと聞いていた。なのでそれ以外については一日の大半を自宅で過ごすKeiちゃん(奥さん)にとってはいっぱい実現したい間取りがあったのだと思う。それが叶ったかどうかの詳細はわからないけれど、満足している反面結構大変な事もあるみたい。
10回以上引越しをしてきた僕も住まいを変わる度の一番の問題は『何を処分するべきか』なのだけど、それは荒川家でも同じらしい。
「新居の住み心地はどうですか?」と言う僕のカキコの返信に対して

>年末まで要らないものをどんどん捨ててないと、1人で考えながら少し焦ってます。旦那は戦後生活の体験者だったからか、なんても取っておく性格です。困った!まず旦那を説得する事からはじまらないといけないわ。

とのこと。
えっ!ちょっと待てよ。戦後生活の体験者って荒川さんは僕より2年歳上だけのはず。だとするとこの戦後って第二次世界大戦(日本では太平洋戦争)のこと?まさか朝鮮戦争やベトナム戦争ではないと思うし。僕等の世代は確かに子供の頃贅沢はできなかったけど、団塊の世代からは15年程後の世代になるので戦後の貧しい世代と言う意識はない。むしろ今と比べても奇跡的な高度成長期の真っ只中だったので未来は希望に満ち溢れていたはず。でも振り返ってみるとそれは拝金主義ではないけど、物質文明に疑うことなく望んでいた『もったいない』精神の対極にあるものだったのかな。いやいやそうれは違うだろ。世代で言うとKeiちゃんもかわらない。だとするとそれは彼女が生粋のChineseなのでそう言うふうに思ったのかな。でもそれも恐らく違う。多分それは男女の差と言うか主婦と夫の差と思う。その根拠は僕の両親がそうだから。うちの母は躊躇なく物を捨てる。でも父は送信済みのFAX原稿まで捨てられない性分だったから。勿論両親とも戦中派です。
いずれにせよ住まいを良くするために試行錯誤ができるのは幸せな証拠だと思う。そう思ってもらえば僕も嬉しい。columnsの新大塚物語にも書いたことだけど荒川家がスイスで住むことになった事には少なからず僕も関わった事だから。人の生活というか人生というか、ここまで家族までを巻き込んでのことだったので僕としては今になって「あー良かった。」って心底思っている。それは、もし荒川家がスイス永住の意思と言うか納得をしていなかったら一戸建てを立てようとは思わなかったはずだから。

まっ、それは兎も角そろそろあのヨーロッパ大陸の風景が恋しくなってきたな。東京砂漠で効率優先の生活をしているとつくづくそう感じてしまう。しかし当面は、仕事は兎も角、音楽を含む諸所の事情で叶わない話しだけど。でも、せめてもの救いとして僕には軽井沢があるということかな。そう思えば精神的には結構贅沢な望みなのかもしれないな。

いずれにせよ僕にとって荒川家との縁は特別だと思っているので音信だけは途絶えないようにしていきたいな。
それに僕にとって人生の夢の最終形は、スイスのチューリッヒ(Zrich)のユング研究所で教育分析を受けることだし。もしかしたら老後は僕もスイスに住んでいたりして。
by jun_hara | 2006-09-14 21:41 | 独り言


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