似すぎているのよ

昔ある女友達から言われた言葉だ。
僕が人生最大の失恋をした時に親友でもありその対象者の友人である女性からの電話での言葉だった。
正確には
「×××と原くんは似すぎているのよ。何もかも...」
だった。
今でもこの言葉は僕の重要課題みたいだ。
じゃーどうして似すぎていてはダメなのか。
精神分析学者の小此木啓吾氏がヤマアラシジレンマという言葉の定義をした。
心理学関連の学者はこのような新しい定義を生むのが仕事のひとつみたいだが、そんな言葉は時流に乗った流行言葉なら時と共に消えてゆく。そして消えなかった言葉が普遍性に近づく。そして消えなかった言葉が...。
ヤマアラシジレンマの定義についてはネットで調べてもらえばわかるが、それではどうしてヤマアラシジレンマによって人は傷つくのか。
人間は本来「攻撃性」から逃れられない。あるひとは「これは人間ではなく男の宿命だ」と言うかもしれない。
でも僕は経験上そうは思わない。
この攻撃性はいかなる場面で現れるかだけれど、それは物理的にも心理的にも近づいた時だと思う。
そしてこの心理的というのが厄介なのだ。
誰でも人を好きになれば”as close as possible!”と思う。
その原動力が「似すぎているのよ」に起因することが多いのだ。
もしこのことによって傷つくのを回避したければ物理的に近づくことを意識的に気をつけるしかない。
そう...気をつけるしかないんだ。
人間の存在自体が運命付けられている本当の孤独を見ないようにするためには。

仕事のしすぎ(終電と休日出勤)と本の読みすぎと酒で、少し考えすぎているみたいです。
スセリさんの僕の夢分析では脳の疲れみたいらしいけど...。
でも、物心付く頃から僕はこうだったのです。
こんな日があっても睡眠さえ充分気をつければ大丈夫だじょ~。

そうそう、河合隼雄先生の自叙伝でもある未来への記憶上下巻を読み終えました。
久しぶりに読後感の充実した「新樹の言葉」(これ太宰治の単行本名の引用)を発見できた内容でした。
by jun_hara | 2005-09-03 20:44


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