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人生を語らず



朝日が 昇るから
起きるんじゃなくて
目覚める時だから 旅をする

教えられるものに 別れを告げて
届かないものを 身近に感じて

越えて行け そこを
越えて行け それを
今はまだ 人生を 人生を語らず

嵐の中に 人の姿を見たら
消えいるような 叫びをきこう

わかり合うよりは たしかめ合う事だ
季節のめぐる中で 今日をたしかめる

越えて行け そこを
越えて行け それを
今はまだ 人生を 人生を語らず

あの人のための 自分などと言わず
あの人のために 去り行く事だ

空を飛ぶ事よりは 地をはうために
口を閉ざすんだ 臆病者として

越えて行け そこを
越えて行け それを
今はまだ 人生を 人生を語らず

おそすぎる事はない 早すぎる冬よりも
始発電車は行け 風を切ってすすめ

目の前のコップの水を ひと息にのみほせば
傷もいえるし それからでもおそくない

越えて行け そこを
越えて行け それを
今はまだ 人生を 人生を語らず
今はまだまだ 人生を語らず

目の前にも まだ道はなし
越えるものは すべて手さぐりの中で
見知らぬ旅人に 夢よ多かれ

越えて行け そこを
越えて行け それを
今はまだ 人生を 人生を語らず

越えて行け そこを
越えて行け それを
今はまだ 人生を 人生を語らず
# by jun_hara | 2016-04-27 00:08 | music | Comments(0)

しあわせ



悲しくて悲しくて 泣くのはつらいけど
そんな時は幸せなのかもしれない
これから 幸せの波がうちよせる
それを待てば よいのだから
庭の柿の実を見てごらん 去年は少しだったけど
今年はたくさん実をつけた 庭の柿の実を見てごらん

とっても楽しそうな 笑い声は悲しいね
なんだか 孤独にさせるよね
もし毎日が楽しいだけの日々ならば
友だちなんて出来ないかもしれない
何もわからないから 僕は生きる
たくさん苦しみをうけとめて
君が困っている時は
助けてあげられうようになるかもしれない

楽しく楽しく毎日暮らせたら どんなに幸せだろうか
人はみな同じ事を思っているけれど
それならなぜ
かわいい子に旅をさせたいと思うのだろう
何もわからないから 僕は生きる
君だけが泣いてちゃいやだ
僕は幸せになれない
君だけが泣いてちゃいやだ
# by jun_hara | 2016-04-25 22:32 | music | Comments(0)

レミングの街



この頃街では見かけないもの
雨の降る前に低く飛ぶ燕

あふれる車はレミングの群
若者はなぜ先を急ぐのか

夏よりずっと前の秋を思い出せず
季節が変わることさえ誰もが忘れかけてる


レモンジュースの雨 森は枯れても
欲望の影はあちこちで育つ

さまよう時代は預言者を産み
幸福はなぜ先を急ぐのか

愛する人のために何が出来るのだろう
愛さえ与えられずに誰もが望みすぎてる

星より遠くに見えてすべて心の中
誰もが知っていること誰もが忘れかけてる
# by jun_hara | 2016-04-23 23:54 | music | Comments(0)

たしかなこと



雨上がりの空を見ていた 通り過ぎてゆく人の中で
哀しみは絶えないから 小さな幸せに 気づかないんだろう

時を越えて君を愛せるか ほんとうに君を守れるか
空を見て考えてた 君のために 今何ができるか

忘れないで どんな時も きっとそばにいるから
そのために僕らは この場所で
同じ風に吹かれて 同じ時を生きてるんだ

自分のこと大切にして 誰かのこと そっと想うみたいに
切ないとき ひとりでいないで 遠く遠く離れていかないで

疑うより信じていたい たとえ心の傷は消えなくても
なくしたもの探しにいこう いつか いつの日か見つかるはず

いちばん大切なことは 特別なことでなく
ありふれた日々の中で 君を
今の気持のまゝで 見つめていること

君にまだ 言葉にして 伝えていないことがあるんだ
それは ずっと出会った日から 君を愛しているということ

君は空を見てるか 風の音を聞いてるか
もう二度とここへは戻れない
でもそれを哀しいと 決して思わないで

いちばん大切なことは 特別なことでなく
ありふれた日々の中で 君を
今の気持のままで 見つめていること

忘れないで どんな時も きっとそばにいるから
そのために僕らは この場所で
同じ風に吹かれて 同じ時を生きてるんだ

どんな時も きっとそばにいるから
# by jun_hara | 2016-04-22 00:28 | music | Comments(0)

時が解決すること


過去に自分が何を書いていたのか反省するため、ブログを2年分読み返してみた。
感じたことを羅列すると
・これだけで人が判断したら、堅物に思われるだろうなあ
・同じことを何度も書き過ぎているなあ
・確かにそう考えていた時期もあったなあ
・けっこう正直に書いているけど、FBやメールとは違うなあ
などなど。
この1年に限っては受験のための筆記対策みたいに割り切っていたので
・この時期にそんな本と格闘していたなあ
・あれっ!今説明しようとすると忘れてるぞ
・よくこんだけ勉強したなあ
・全てを心理学で説明しようとしていない?
などなど。
まあ、全ての感想をここに書くはずもないのだが。

昔からコミュニケーションにおいてメディアの選別は意識してきたから
1.直接対話(1対1)
2.直接対話(1対多)
3.電話での対話
4.メールでのやり取り
5.Facebookでの書き込み(友達以外に非公開)
6.ブログ
の段階によって自己開示する相手、方法、内容は変えてきた。
また、マクルーハンが言うようにメディアはメッセージであると思ってきたので、
外界からの情報がどんなフィルタを介して送られ、自分の記憶と照合しているかを考えるくせもついてしまった。
これを自制している一言にすると「心理学=読心術ではない」になる。
また、薄々「こうじゃないか」と思っても、それは憶測なので深読みをしないことへの留意もする。
しかしそうはいっても、それが簡単に出来ないのが人間なのだから、自分にも他人にもそれを強要はしないといった態度が伴わないと寛容さを失う。

兎に角、なんでもかんでも答えを急がないことが大事に思っている。
「時が解決することはあるもんだ。」と最近つくずく思うようなったのだけど、これはきっと歳を取った要因が一番大きいのだろう。
その反面、残された時間も意識するから、「待つ」のが苦手になっているところもある。

もし恩師が雲の上から今の僕に言葉をかけるとするならば「そのまま大胆、かつ繊細に行動しいや」になるのだろうか。
願わくば、そう言われたら「勿論です」と答えられるような生き方を続けたいものだ。
# by jun_hara | 2016-03-29 20:31 | 独り言 | Comments(0)